異世界が舞台の注目作

7月に友人に勧められて以来、KADOKAWAのwebマンガサイト「ヤングエースup」での連載を追っかけていたのが『ヘテロゲニア リンギスティコ ~異種族言語学入門~』である。
更新頻度が月1回程度で、1話あたりのページ数も16ページ前後とさほど多いわけではないため単行本リリースまで時間がかかったが、書籍でまとめて読むことで気づくことがあったので記しておきたい。


本作の舞台となるのは、いわゆる「中世RPG風ファンタジー世界」である。
人間の住まう世界から隔たった場所には、人間から「モンスター」と呼ばれる種族(ワーウルフ、リザードマンなど)が生息している。
主人公・ハカバは新米の言語学者で、怪我をした恩師に代わり、「モンスター」の暮らす地域(魔界)へと足を運び、言語研究のフィールドワークにいそしむ。

魔界でハカバのガイドを務めるのは、人間とワーウルフの中間のような子供ススキ。主人公の恩師とは縁が深いようだ。ススキとともに「モンスター」(ワーウルフ、スライム、リザードマン、クラーケン、ハーピー、ドラゴンなど)と交流を図り、彼らの言語や文化を学んでいく。

通常のマンガと同様のコマ割りだが、1ページ1ネタのページマンガのような体裁を取っている。それによって「エッセイコミック」風の味わいを担保しつつ、各話ごとに1本の通底するストーリーがあるので、ちょうど『働かないふたり』のようなページ構成と考えればいい。
全体的なテイストとしては『ダンジョン飯』の世界観や、『ふしぎの国のバード』や『乙嫁語り』などの異文化研究要素を想定すると、イメージしやすいかもしれない。

発達した器官が異なる種族とのコミュニケーション

タイトルの『ヘテロゲニア リンギスティコ』とは、サブタイトルにあるとおり「異種族言語学」を意味する。しかし、主人公が最初に遭遇するワーウルフは、人間よりも嗅覚が数倍も発達している種族だ。したがって、音声だけでなく、匂いでも情報の伝達が可能である。
ワーウルフやススキの、ややゴワゴワしたような毛質の描き方から、洗っていない犬の臭いがそこはかとなく感じられるところがナイスだ。
このススキの所作が、とにかく犬可愛い(狼だけど)。

ワーウルフ以外の種族も、いずれも人間とは発達している器官が違う。
「リンギスティコ」といいつつも、彼らと交流を図るには「言語」だけに頼らない、コミュニケーション全般に対する観察が要求されるところがポイントである。

本作を読んでいると、コミュニケーションは「何を伝えるか」ではなく、「何が通じないか」の共通認識を持つことがまず第一であると気づかされる。
あるいは、ヤマト王権の勢力伸長を引き合いに出すまでもなく、われわれは意思疎通の範囲を拡大する過程において、各地に存在した独自の発話や発語、文化を吸収(もしくは破棄)してきたことを再認識させられる。
余談だが、読んでいる最中に、アヤパネコ語について思い出してしまった。
なお、宇宙人が地球にやってきたとして、われわれはどのような手段で意思疎通を図るのか、そこまで発想を広げていくことも楽しい。

本作が垣間見せる「その先」の物語

さて、本作の世界観では、人間たちはモンスターの居住する地域を「魔界」と呼称している。
この「魔界」については作中でまだ詳しく言及されていないものの、なにやら人と「モンスター」のあいだに悲劇が起きたことが推測されている。
ワーウルフたちの集落は、かつては人が住んでいた村であり、その当時の名称は「始まりの村」であった(第1話)。その村に元々いた人間たちは、かつてワーウルフたちに「モンスターがあらわれた!」と刃を向け(第1話)、そして村にいま人間の姿はなく、ゴーストタウンと化した村をワーウルフたちが再利用している。

本作は、異なる種族への理解を深めようというテーゼがある一方で、それとは対極的な、無知に由来する誤解とディスコミュニケーションがほのめかされ、その結果としての「不幸な歴史」があったことが示唆されている。
「中世RPG風ファンタジー世界」を舞台にモンスターとコミュニケーションを取ってみよう、という1ページマンガのネタに適したキャッチーな要素だけでなく、「大きな物語」へとアクセスできる要素が冒頭から散りばめられている点には注視しておきたい。

いろいろな種族を出し、それぞれの個性や特徴を取り扱っていき、「モンスター言語学」という異世界ファンタジーモノとしては異色の作品としても十分に成立させておきながら、ヒットしたら「大きな物語」へも移行可能……。
なかなか用意周到な意欲作であり、僕は現状の「モンスター言語学」モノとしての面白さだけでなく、さらに温存している「その先」の物語も、ぜひとも読んでみたいと思っている。