2019年版の投票傾向

今年も「このマンガがすごい!2019」が刊行されたので、昨年同様、ランキング結果について思うことをつらつらと書いていきたい。
昨年の記事はこちら


今年のトピックとしては、オトコ編が大混戦だった点が挙げられる。
『天国大魔境』は合計87点を獲得したが、これはオトコ編では歴代最少得点での1位だ。オンナ編では過去に『さよならソルシエ』(2014)が86点で1位になったことがあるが、100点未満での1位はこの2例しかない。

かといって、2位とは23点の差がついており、2017年の『中間管理録トネガワ』(2位『私の少年』と1点差)のように大激戦だったわけではない。

『このマンガがすごい!2019』オトコ編の投票傾向としては、あまり特定の作品に票が集中せず、多くの作品に票が分散したと言える。そのあたりの理由を、ぼんやりと考えていきたい。

レギュレーションのおさらい

「このマンガがすごい!」はアンケート投票に基づくランキング企画なので、まずはランキングの決定方法について、レギュレーションをおさらいしておこう。
【アンケート集計方法】
・2017年10月1日~2018年9月30日に単行本が発売された作品が対象
・アンケート集計は1位=10点、2位=9点、3位=8点、4位=7点、5位=6点、別カテゴリ(オトコ編選者がオンナ編もしくはその逆)への投票は1作品のみで5点扱い(「あの人が選ぶ」「書店員が選ぶ」「雑誌編集部が選ぶ」「各界のマンガ好きが選ぶ」)
・「漫画家のタマゴが選ぶ」のアンケートは1票=0.3点(小数点以下は切り上げ)
そして、各カテゴリのアンケート回答者数は以下のとおり。

【このマンガがすごい!2019(今年) アンケートの内訳】
あの人が選ぶ:15名(オトコ編12名+オンナ編3名)
書店員が選ぶ:20店舗(オトコ編&オンナ編)
雑誌編集部が選ぶ:5誌(オトコ編2誌+オンナ編3誌)
各界のマンガ好きが選ぶ:51名(オトコ編)+39名(オンナ編)
漫画家のタマゴが選ぶ:(オトコ編・オンナ編混合 86票+124票+1091票)

「漫画家のタマゴが選ぶ」(専門学校3校の生徒による投票)が合計1301票(=391点)を有しており、一見すると大きな票田のように思えるが、昨年も指摘したとおり、「漫画家のタマゴが選ぶ」ではすでに高い評価を得た作品が好まれる傾向が強い。
今年も「漫画家のタマゴ」票では1位『僕のヒーローアカデミア』(オトコ編51位)、2位『約束のネバーランド』(オトコ編22位)、3位『ハイキュー!!』(圏外)、4位『ワンパンマン』(オトコ編51位)と、いまエンタメ業界を志す若者がどういう作品に憧れているかを知ることはできるものの、ランキングを動かすほどの影響力は持ち得ていない。これも前年に指摘したとおりだ。

この「漫画家のタマゴが選ぶ」を除いたアンケート回答者全体の心理としては、本誌が年度版である以上、「期間内に1巻が出た新作」か「期間内に完結した作品」を選びやすい傾向がある。反面、前年にランクインした作品や長期連載作品など、すでに高い評価を得た作品は選ばれにくい。
こうした「先物買い」的な傾向があるランキングだということは理解しておいてほしい。

アンケート回答者の内訳を見る

では次に、各アンケート回答者の内訳を見ていきたい。
今回は「前年から引き続きアンケート回答者に選ばれた人」の比率に注目した。
以下に各カテゴリ別に見ていくが、直近5年分の傾向についても記していく。なお、「書店員が選ぶ」に関しては、同一書店であっても店舗の異なる場合は別扱いとした。また、「各界のマンガ好きが選ぶ」は、オトコ編とオンナ編を変更するアンケート回答者もいる(最初に依頼が来た時点でどちらか選べる)が、同一選者は「引き続き回答した人」としてカウントしている(前年がオンナ編で今年がオトコ編の場合、オトコ編の人数にカウント)。

【あの人が選ぶ(15名):33.3%】
いわゆる「有名人枠」。
かつては20人を超えることもあったが、近年は15~17名で推移。
もっとも入れ替えが激しく、翌年まで引き継ぐ回答者は毎年5名程度
その年に活躍した芸能人が選ばれやすい。コジルリが選ばれやすいが、今年は入っていなかった模様。“常連”片桐仁さんのガチ感のあるチョイスが楽しみ。

【書店員が選ぶ(20店舗):95.0%】
もっとも入れ替えの少ない枠。
20~22店舗が選ばれるうち、毎年17~19の書店が翌年もアンケート回答を継続している。
「このマンガがすごい!」のランキングは、書店票に左右されることが多い。2016年には『ヲタクに恋は難しい』が合計125点を獲得してオンナ編の1位に輝いたが、そのうち8割以上(103点)が書店票であった。昨年も書店員の支持を集めた作品がオトコ編・オンナ編で1位になっており、その影響力は大であると再認識したものだった。いわばランキングの基礎票を形成している。
だが、この傾向は決して悪いものではない。
「あの人が選ぶ」や「各界のマンガ好きが選ぶ」だけでは、マニアックに偏りすぎる危険性をはらんでいる。書店票の影響が強く出すぎた年があったせいで、悪印象を抱く人もいるかもしれないが、本来はマニア気質と大衆性のバランス調整において、大衆性部分を受け持っていたはずだ。なお、2016年の『ダンジョン飯』と『ヲタクに恋は難しい』を最後に、オトコ編・オンナ編ともに、書店票で100点以上を獲得する作品は出ていない。とくにオトコ編は2年連続で1位の作品が50ポイントに達していない点は指摘しておくべきだろう。
本年における書店票の影響を見るなら、「書店票のおかげで上位に進出した作品」と「書店票をあまり獲得できなかったが上位にランクインした作品」を探すと面白い。前者はオトコ編『極主夫道』、オンナ編『犬と猫どっちも飼ってると楽しい』。とくに『極主夫道』は、書店票と「漫画家のタマゴが選ぶ」(5位)の票だけでランクインしている。後者の代表例としては、オトコ編『金剛寺さんは面倒臭い』『彼方のアストラ』、オンナ編『凪のお暇』あたりだろうか。
※このコーナーの常連の恵文社バンビオ店という京都の老舗の書店が、来年の2月をもって閉店するらしい。残念なことだ。

【雑誌編集部が選ぶ(5誌):40.0%】
毎年5誌が選ばれ、2誌だけが前年から引き継いでいる。
常連は「ダ・ヴィンチ」のみ。

【各界のマンガ好きが選ぶ・オトコ編(51名):78.4%】
47~55名程度で推移。
かつては70%程度だったが、近年はその比率を下げてきており、前年(2017→2018年)は54%程度まで下がっていた。それが今年は一転、直近5年でもっとも高い比率となった。

【各界のマンガ好きが選ぶ・オンナ編(39名):84.6%】
39~43名程度で推移。
アンケート回答でオンナ編を選ぶ回答者は少ないため、オトコ編に比べて1~2割ほど人数は少なく、前年から引き継がれる割り合いも80%以上と高かった。前年(2017→2018年)は76.2%と、オンナ編としては直近5年でもっとも低かったが、今年に関してはオトコ編と同様、比率を高めている。

ガイドブックとしての多様性

以上のように、今年は「前年から引き続きアンケート回答者に選ばれた人」が全体的に多かったようだ。とりわけ「書店員が選ぶ」と「各界のマンガ好きが選ぶ」の継続率は、直近5年でも最高レベルに高かった。その結果として、前年にランクインした作品は敬遠されたのだろう。
前年同様に20位以内に入った作品は『衛府の七人』『月曜日の友達』(オトコ編)、『うたかたダイアログ』(オンナ編)の3作品だけだった。「前年と同じ作品に票を投じるのは避けたい」という投票心理が働いたことは想像に難くない。

僕は「このマンガがすごい!」は、投票方式のレギュレーションと年度版という性質によって、アンケート回答者には「今年入れなければ!」という応援馬券的な投票心理が働き、「先物買い」的な傾向を生むと考えているが、前年から引き続きアンケート回答者に選ばれた人が多かったことにより、その傾向に拍車がかかったものと推測される。
こうしたランキング動向において上位に進出した作品/作家は、確固たる人気を得ているのだと考えていいのではないだろうか。

いずれにせよ「このマンガがすごい!」は、賞ではなく、アンケート投票によるランキングであり、人気投票と同じような性質のものだ。また、ランキングの体裁を取りつつ、多数の作品を紹介するガイドブック的な性質もあわせ持っている。ランキング以外のページにもさまざまな作品が紹介されていて、今年も未チェックの作品を数多く知ることができた。そうした“多様性”がランキングの面でも強く打ち出されたのが、今年の「このマンガがすごい!2019」だったと思う。

で、僕は上記の投票心理なんかは完全に度外視で、昨年4位だった『月曜日の友達』を個人的な1位として投票しました。いや、今年出た第2集(完結)が本当にすごかったのですよ。いろいろな傾向や指針はあるけれど、やっぱり「推したい時が推し時」が基本かな、と。
まだ1巻しか出ていない『天国大魔境』に「まだ早い」という印象を抱く人もいるかもしれないけれど、なによりインタビューで石黒先生本人がそうおっしゃっていましたけれど、たしかに「賞」であればもう少し物語が進展した段階で内容を精査する必要があるでしょう。これが手塚治虫文化賞や文化庁メディア芸術祭だったら「まだ早い」と言えるかもしれません。しかし「このマンガがすごい!」に関しては、ランキング企画で多くの人が今「推したい」と思った結果なので、「早い」も「遅い」もないんじゃないかなと個人的には思っています。


最後に。
例年同様にオトコ編1位の巻頭インタビュー(『天国大魔境』石黒正数先生)と作品レビュー(オトコ編『昭和天皇物語』、オンナ編『ギガタウン 漫符図譜』)を担当し、オトコ編でアンケート投票に参加しています。どうぞよろしく。