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『のらくろ』は「古典」の代表作

マンガに限らず映画でも小説でも、どのジャンルにおいても共通して言えることだが、作品は成立時期や経緯から、以下の3つに分類が可能できる。
 ・古典(クラシック)
 ・スタンダード
 ・トレンド

マンガを例にすると、「トレンド」はいま流行っている作品のことで、『進撃の巨人』や『ONE PIECE』などが該当する。
「スタンダード」は時代を超えて愛好されているジャズのスタンダード・ナンバーのような作品で、『ドラゴンボール』や『ドラえもん』など、誰もが知っているような完結済み(もしくは作者が没後)のタイトルを思い浮かべればいい。
「古典(クラシック)」はマンガの黎明期を支えた作品で、『のらくろ』や『フクちゃん』の名を挙げたい。扱いが難しいのは手塚治虫で、手塚作品は初期のもの(例:『メトロポリス』など初期SF3部作)は「古典」に入り、中期以降の作品(例:『火の鳥』や『ブラック・ジャック』)は「スタンダード」になるだろう。

「古典」を知らなくても現代のマンガを楽しむことはできるが、そのジャンルを文化として系統立てて学んだり、現在に影響を及ぼしている表現手法の源流を知ったりするには、「古典」を読んでおくには越したことがない。僕は「古典」の作品について書く仕事はしていないけれど、それでも「古典」は無視できない存在だと感じている。
というのも、これを小説に例えるなら、芥川や太宰を読まずに近代小説を語るようなものだ。
研究者を目指しているわけではないので、網羅的に目を通す必要はないけど、それでも『のらくろ』や『正チャンの冒険』『フクちゃん』のようなメジャーどころは読むように心がけているし、どのような作品が存在していたのか大雑把にでもつかんでおいたほうがいいに違いない。

ただ、マンガの分野においては、「古典」へのアクセスが難しすぎるのは事実だ。
いざ読もうと思っても入手が困難すぎる。
『のらくろ』を復刻版をAmazonで検索すると、全集の最安値が7100円(2019年10月9日現在)だし、電子書籍化はしていないので、とても気軽に手が出せるものではない。


「古典」を俯瞰で眺める見取り図が少ないのも、アクセスの困難さを招いている。
こちらは、みなもと太郎先生の労作を参考にしたい。

マンガの展覧会も、学芸員のキュレーションを経て知識や情報が体系化されているので、「古典」への入口として最適である。こうした「古典」を題材とした展覧会の場合、ロビーには復刻版のマンガ本が置かれていて、実際に読むことができたりする点もいい。
そのような理由から、現在、川崎市民ミュージアムで開催されている「のらくろであります!田河水泡と子供マンガの遊園地(ワンダーランド)」へと行ってきた。

川崎市民ミュージアムへのアクセス

川崎市民ミュージアムは、神奈川県川崎市の等々力緑地内にある。
等々力緑地は、川崎フロンターレのホームスタジアム・等々力陸上競技場でおなじみだ。
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最寄り駅の武蔵小杉からは、道中に西明寺や小杉神社があって散歩がてら赴くにはうってつけだが、住宅街のど真ん中を進むことになるので、土地勘がないと道に迷いやすい
実際、フロンターレの試合後、「ユニフォームを着た群れについていけば駅まで戻れるだろう」とタカをくくっていると、川崎のレプリカユニフォームを着た人々が続々と自宅に吸い込まれていった結果、アウェイチームのサポーターが住宅街のど真ん中で立ち往生してしまうことは“Jリーグあるある”のひとつになっているほどだ。
バス停の停留所にして5~6つ分はある距離なので、駅からバスに乗ることをオススメする。
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会期中(2019年9月18日~11月24日)で残りの期間でいえば、11月2日には川崎フロンターレのホームゲームが15時キックオフなので、その日は道中が混むことが予想される。
展覧会がメインの目的であれば、11月2日は注意が必要かも。

展覧会の内容

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入口では、田河オールスターズがお出迎え。
タガワ・マンガティック・ユニバース。
この場所のみ写真撮影OK。

展示内容は、戦前のマンガ界の巨人ともいえる田河水泡と『のらくろ』を軸に、その前後のマンガ史をもフォローする内容となっている。
全五章構成。以下に展示内容についての個人的なメモ。

第一章 子供漫画の黎明
ポンチから始まる日本マンガの歴史がわかりやすい。
杉浦非水って、こんな絵柄だったんだ。実際に4色で見るとビビットでフレッシュ。

第二章 田河水泡の宇宙
田河水泡の経歴と『のらくろ』がメイン。
『のらくろ』マンガの歴史的な部分と、表現的な部分での解説がスッキリとわかりやすい
個人的には昭和8年前後の絵柄が好み。
「人造人間」は拝んでみたかった。
田河の経歴はタイトだが森下文化センターに詳しいし、申し分ない。
というか、展示していた田河の新作落語(「命の掛替」「正札付き」「灰神楽」)が、すべて『田河水泡 新作落語集』には収録されていない作品だったのでビビる。

第三章 子供マンガの遊園地(ワンダーランド)
戦前の同時期の、ほかのマンガについて。
あるいは時代的にマンガがどう受容されていたか。
新漫画派集団、というか横山隆一と田河水泡ってどういう距離感だったんだろう。
昭和8年に上野で開催されたという「萬国婦人子供博覧会」の内容をリポートする雑誌の記事もあり。この博覧会、「のらくろ館があった」との記事を読んだ記憶あり。どこで読んだかな?

第四章 紙の上の戦争
太平洋戦争がマンガ界に及ぼした影響。
田河は情報局から『のらくろ』の執筆中止を命じられた。
後年、石子順が批判した、田河の満蒙開拓青少年義勇軍への関わり方についても詳述しているところが素晴らしい。
戦前には豊饒なマンガ文化が存在していたが、太平洋戦争によって深刻な断絶な起きたことが如実にわかる。

第五章 子供は何より漫画が好きだ
田河水泡の戦後マンガ界での活動、戦後マンガの起こりについて。
昭和20年内はまだ文字は右からだが、昭和21年以降は左から読むようになっている点が興味深い。
アサヒグラフ(1953)掲載の「児童漫画家告知板」記事内における手塚治虫の経歴を見て、ニヤリとする。

最後に。
物販ブースで販売していた図録が、とにかく出来が素晴らしい。
展示会の内容がフォローされているのはもちろん、資料性も高いので、実に貴重な労作だ。
これはぜひ手に入れてほしい(税込み1980円)。
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『のらくろであります!』はとてもオススメしたい展覧会だった。
戦前の日本文化に興味がある方にも、ぜひ足を運んでいただきたい内容だ。