原作が描かれた当時の世相に依拠する部分
マンガは人気商売である。掲載媒体によって差異はあるものの、基本的には、人気がなければ打ち切られてしまう。読者の支持や共感が得られなければ、作品をまっとうすることができない宿命にある。したがって、多くの読者に愛された作品ほど、時代の世相を反映している傾向にある。
現在、電子書籍の普及によって過去の名作がアーカイブ化され、手に取りやすくなってきた。作品のテーマに内包される普遍性は時代によって古びることはないものの、マンガに時代を映す鏡としての側面がある以上、描かれた当時の社会情勢を知ればより作品を楽しめるようになるものだ。
そのため、過去の名作を楽しむには、連載当時の歴史を知ることも重要だと僕は考えている。これがメディア化(アニメ、映画、舞台など)の場合であれば、“当時の世相に依拠する部分”を、現在の観客・視聴者にアジャストするために、時代設定を現代に置き換える手法もある。
2018年7月~12月にかけてアニメ化された『BANANA FISH』がその代表例だ。
原作の『BANANA FISH』は「別冊少女コミック」(小学館)1985年5月号〜1994年4月号にて連載された。作中の時代設定は1985年3月4日からの約2年間である。
アニメ『BANANA FISH』は現代(2018年頃)に時代を変更していた。
原作でベトナム戦争だった部分がイラク戦争に置き換えられるなどの工夫が施されており、この試み自体はたいへん面白いものだったと思う。
ただし、今回は原作に焦点を当て、原作が描かれた“当時の世相に依拠する部分”をクローズアップしてみたい。それがドクター・メレディスのキャラクター造形について、である。
共和党政権下の人工妊娠中絶問題
ドクター・メレディスはニューヨークのスラム街で中絶手術を専門に営んでいる産婦人科医である。主人公アッシュは幼少時に性的被害受け、大人を信用していない。ジャーナリストのマックス・ロボともなかなか打ち解けず、行動を共にするにしたがって、徐々に打ち解けて友情を深めていくことになるのだが、そもそものアッシュの性格は「大人嫌い」である。そんなアッシュがドクター・メレディスに対しては、憎まれ口をたたく一方で、「バナナフィッシュ」の成分分析を依頼したり、実兄・グリフィンの身柄を匿ってもらったりと、その行動からは深く信頼していることがうかがえる。いうなれば、初登場時からアッシュに信頼されている唯一の大人だ。ただ、その信頼が何に依拠しているのかは、作中では明示されない。
アメリカの連邦最高裁判所が人工妊娠中絶を認める判決を下したのは1973年のこと。この「ロー対ウェイド」裁判は、アメリカ合衆国憲法が女性による中絶の権利を保障しているという判断を下し、人工妊娠中絶を規制したり禁止したりするアメリカ国内の各州州法は違憲となった。
時代的には、アメリカはこの年にベトナムからの撤退を決め、翌1974年にはニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞任することになる。
最高裁判所が判断を下したからといって、ただちに人工妊娠中絶が容認されたわけではない。近い例でいえば、連邦最高裁判所は2015年に同性婚を認める判断を示したが、いまもってLGBTの問題は解決していないように、時間経過にともなう世論形成が必要となる。
1976年の大統領選挙では、人工妊娠中絶は政治イシューとなり、民主党は中絶を支持。共和党は綱領で中絶反対を表明した。この選挙では民主党のカーターが勝利をおさめたが、キリスト教福音派は反発し、政治への関心を高めていった。やがて福音派は政治勢力(宗教右派)として組織化され、共和党の大きな票田となっていく。そして1980年の大統領選挙では、福音派は共和党のレーガンを支持し、レーガンの当選を後押しした。
現在、アメリカの福音派は人口の約30~35%、約1億人程度と推定されている。1980年の大統領選挙では白人福音派の80%がロナルド・レーガンに投票(勝利)し、2004年には78%がジョージ・W・ブッシュ(勝利)に、2012年には78%がミット・ロムニー(敗北)に、2016年には80%がドナルド・トランプに投票した(勝利)とされている。
『BANANA FISH』の時代(1985~1987年)はレーガンの2期目にあたり、共和党、新自由主義、宗教右派というスクラムが形成されていった時期である。
中絶反対派の活動は過激化していき、産婦人科医への脅迫や暴行傷害が横行した。オペレーション・レスキュー(中絶救助隊)は中絶手術を行った病院にピケを張ったり、妊婦の入院を実力で阻止しようとしたり、病院を爆破したり……と、活動開始から最初の4年間で4万人以上の逮捕者を出す。
ドクター・メレディスは、こうした社会情勢の下で危険を顧みず、しかもニューヨークのスラム街というロケーションを考えれば、社会的弱者を対象に中絶手術を専門に行っていたことになる。
80年代にスラム街で中絶専門の産婦人科医を営む……というキャラクター設定は、それだけで赤ひげ的な性質をもった人物であると理解でき、だからこそ「大人嫌い」のアッシュが信頼を寄せたわけだ。こうした部分が、前述した“当時の世相に依拠する部分”であり、とくにネームで明示されなくても、アッシュとメレディスの関係性を読み取ることができる。
なお、『BANANA FISH』の作中で描かれる世界情勢は、イラン・コントラ事件を背景にしている部分もあるので、これもまた“当時の世相に依拠する部分”だが、それはまた別の機会に。
2019年現在の話
これは前述の「ロー対ウェイド」裁判に背く憲法違反であるとして、各界から猛反発を招いた。
現在の連邦最高裁は、トランプ大統領が送り込んだ判事2人(保守派)を加えて「保守5人、リベラル4人」で構成されている。
そのトランプ大統領は中絶反対派で、「大統領として順次中絶反対論者を連邦最高裁判事に送り込み、最終的には『ロー対ウェイド判例』をひっくり返す」と宣言しており、来年2020年に大統領選挙が控えていることを考えると、「ロー対ウェイド」裁判から46年がたった今日でも、アメリカでは人工妊娠中絶が政治イシューになっていることがうかがえる。
来年の大統領選挙、どうなるのだろうか。
リベラルの代表、ルース・ベイダー・ギンズバーグは、まだまだ最高裁判事を引退できなさそうだ。
最後に個人的な見解として。
自分の身体をどう扱うかについて、自分自身で意思決定を下せないのは、基本的人権が保障されていないのと同じだと思う。アメリカや人工妊娠中絶に限った話じゃないんだけどね。
現在の連邦最高裁は、トランプ大統領が送り込んだ判事2人(保守派)を加えて「保守5人、リベラル4人」で構成されている。
そのトランプ大統領は中絶反対派で、「大統領として順次中絶反対論者を連邦最高裁判事に送り込み、最終的には『ロー対ウェイド判例』をひっくり返す」と宣言しており、来年2020年に大統領選挙が控えていることを考えると、「ロー対ウェイド」裁判から46年がたった今日でも、アメリカでは人工妊娠中絶が政治イシューになっていることがうかがえる。
来年の大統領選挙、どうなるのだろうか。
リベラルの代表、ルース・ベイダー・ギンズバーグは、まだまだ最高裁判事を引退できなさそうだ。
最後に個人的な見解として。
自分の身体をどう扱うかについて、自分自身で意思決定を下せないのは、基本的人権が保障されていないのと同じだと思う。アメリカや人工妊娠中絶に限った話じゃないんだけどね。
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