八つ墓村 (講談社漫画文庫)
Amazonプライムで『犬神家の一族』(1976)が無料だったので、緊急事態宣言下の自粛期間を利用して、市川崑の「金田一耕助」シリーズ(石坂浩二主演)をすべて観た。
市川崑の映画「金田一耕助」シリーズ
Amazonプライムで『犬神家の一族』(1976)が無料だったので、緊急事態宣言下の自粛期間を利用して、市川崑の「金田一耕助」シリーズ(石坂浩二主演)をすべて観た。僕が横溝正史の小説にハマったのは中学生の時だった。
通っていた学校は丘の斜面に建っていたせいで、3階までは階段を使わずに歩いて行けたり、少し面白い構造をしていたけど、本当に残念なのは図書室が南側に面していた点だ。
晴れた日は窓から駿河湾が一望できて奇麗だったけど、当たり前のことながら紙には最悪のロケーションで、本の日焼け対策として分厚い遮光カーテンが使われていた。
どうしても陽があたる場所には、安価な文庫本の棚を置くなど、図書館司書の先生の苦心が伺えて、僕はそこで角川文庫版の横溝正史シリーズを片っ端から借りて読んだ。
文庫本はまるで古書のようにボロボロになっていて、真っ茶色に日焼けして、古書特有のバニラエッセンスのような匂いがしていたけど、その古色蒼然とした様子が、金田一耕助シリーズの時代設定(昭和20~30年代)とマッチしていたのを覚えている。
トリカブト、青酸カリ、帝銀事件(天銀堂事件)、小斧(よき)の読み方……といった諸々の知識は、すべて横溝作品から知った。
市川崑の映画シリーズ放映時はリアルタイムでは知らないので、おそらくテレビ放映時に観たんだと思う。あらためて観て、本当にすごい映画だったんだな、と驚かされた。
キャラクターの立て方、入り組んだ人物関係を中盤から一気に観客に理解させる手際の良さ、謎解きのきっかけとなる「ひらめき」の提示の仕方、回想シーンやフラッシュバック時のスタイリッシュな見せ方など、娯楽作品としての完成度が高い。
なかでも傑作は『悪魔の手毬唄』(1977)じゃないだろうか。
マンガ版『八つ墓村』成立の時代背景
この70年代の「金田一耕助」リバイバルブームは、一作のマンガに端を発する。それが「週刊少年マガジン」で連載された影丸譲也の作画による『八つ墓村』(1968年)だ。
影丸譲也は、主線の太さが特徴的な関西貸本出身の劇画作家で、のちに『空手バカ一代』(原作:梶原一騎)の作画をつのだじろうから引き継いだことでも有名である。
「週刊少年マガジン」は1966年から『巨人の星』(原作:梶原一騎、作画:川崎のぼる)の連載を開始し、1967年1月にはついに発行部数が100万部を突破した。1967年には『無用ノ介』(さいとう・たかを)、1968年には『あしたのジョー』(原作:高森朝雄、作画:ちばてつや)が連載を開始。このように「週刊少年マガジン」が劇画路線へと大きく舵を切った最中に、影丸譲也による『八つ墓村』のコミカライズがはじまったのである(1968年10月13日号~)。
この影丸版『八つ墓村』のヒットを受けて、角川書店が横溝正史作品を復刊させ、メディアミックス戦略として市川崑による映画シリーズが生まれたわけだ。
マンガ版のオリジナリティ
さて、影丸版『八つ墓村』を読むと、作中の時代設定が現代(執筆時=昭和43年/1968年)に変更されている点に気づく。原作の「金田一耕助」シリーズは終戦直後の昭和20~30年代を舞台にした作品であり、この『八つ墓村』の原作も1948(昭和23)年の出来事とされる。映画『犬神家の一族』(劇中は昭和22年設定)では、金田一が宿泊する際に米穀手帳(配給手帳)の提出を求められ、代わりに米を現物で差し出すシーンなどが時代性を映している。マンガ版での時代設定の変更は、当時の「週刊少年マガジン」読者層を鑑みたものだろう。
こと『八つ墓村』に関しては、この変更が功を奏している。
そもそも『八つ墓村』は、寺田辰弥という青年が八つ墓村に呼ばれるところから物語の本編が始まる。辰弥は、自分が八つ墓村の旧家・田治見家の出身であることを知らされずに育った。何の変哲もないひとりの青年が、見知らぬ土地に足を踏み入れ、危機を乗り越え、自らのルーツを知る……。
この物語構造は、典型的なビルドゥングス・ロマンである。
ビルドゥングス・ロマンはイニシエーション(大人になる)の物語なので、少年マンガとの相性はいい。そこで舞台を現代にすることで、より読者との親和性を高めることに成功している。
金田一耕助は物語の観察者であり、本編はあくまで「寺田辰弥の冒険譚」なのだ。
現代の我々が横溝正史の小説を読むとき、古い日本の村に伝わる因習や土俗習慣から伝奇ホラー的なテイストを感じる。そこに大きな魅力があるのは事実だが、原作小説が発表された当時(1949~1950年)の読者からすれば、リアルタイムの出来事なので、そこに「古い日本の村」のテイストは感じていなかったようにも思われる。したがって、このマンガ版『八つ墓村』による時代改変は、当時の読者の読書体験に近づける作用もあったといえるだろう。
また、凄惨な事件を劇画タッチで描くことで、事件の猟奇性が浮き彫りになっている点も、このマンガ版の特徴である。なるほど当時の読者が引き込まれるはずだ。
市川崑シリーズの感想メモ
最後に、映画版を観ていたときの感想メモを。※リメイク版『犬神家の一族』(2006)は省略。
『犬神家の一族』(1976)
・「紅茶いただけませんか、ボク甘いものが欲しくなっちゃった」のセリフ
コメディリリーフのタイミングが抜群
・「湖から突き出た脚」より、蛙を持った小夜子のほうがインパクト大
・坂口良子が可愛い
・音楽素晴らしい
『悪魔の手毬唄』(1977)
・最高傑作
・トーキー映画『モロッコ』、活弁士(新版大岡政談)
『獄門島』(1977)
・「娘道成寺」
・復員詐欺がキーワード
・やや露悪的な演出が増える
・コメディリリーフ多め
『女王蜂』(1978)
・肉弾三勇士、「与話情浮名横櫛」
・人間ドラマは抜群。脚本か、役者の演技なのか
『病院坂の首縊りの家』(1979) ・横溝正史本人が割と長めの尺で出演 ・劇伴にジャズを使う意図はわかるが、合ってないような? ・電話シーンの交錯演出おもしろい ・系図を観客に開示する手際、やや悪し 全体的に大衆娯楽や大衆演芸についての言及多め。原作掲載誌を考えれば納得。 知識ゼロベースで、どのタイトルから観てもOK。
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