世界情勢が見えてくる作品

テレビ東京系列で不定期に放映されている、『ハイパー ハードボイルド グルメリポート』が好きだ。簡単に言えば、世界中のヤバイ地域でヤバイ人たちが食っている“飯”を追ったドキュメンタリーである。リベリアの内戦で少年兵として戦った元子供たち、ロサンゼルスのギャング、シベリア山奥のカルト教団、ロシアの麻薬密売人など、とにかくそのラインナップを見るだけでもヤバさが伝わるはずだ。


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で過去の放映回を観ることができるので、興味を持たれた方はぜひともご覧になってほしい。


導入部としては「怖いもの観たさ」で構わないが、観ているうちに、登場人物たちがなぜそのような境遇に置かれているのか、なぜ貧困を余儀なくされているのか、背景の社会情勢が浮かび上がってくる。
そうした世界情勢を絡めた話が好きであれば、確実に興味を持つであろう作品が『紛争でしたら八田まで』だ。現在、単行本が2巻までリリースされているので、今回は1・2巻同時にレビューしていきたい。

作品の在り方を端的に示すイメージカット

主人公の八田百合はフリーランスの地政学リスクコンサルタント。かつて所属していた「セントポールズアシスタンス」からの依頼を受け、クライアントから持ち込まれた(公権力では解決不能な)問題を交渉で解決する。そして百合の武器となるのが「地政学に基づくチセイ」である。
映画『007』シリーズには、世界中のいろいろな国や地域を紹介する「観光映画」としての側面もあるが、そういったエッセンスを地政学的な視点で継承している作品と言えるだろう。ドライマティーニは出てこないが、世界中のいろいろな食べ物も出てくる。カエルの干物炒めとか。

第1話で感心させられたのが、極東アジアの地図(P.32)だ。
通常の地図であれば、北が地図上部になり、南が地図下部になる。日本でいえば、北海道が上になるのが見慣れた構図だろう。しかし、このP.32のイメージカットでは、「上下が逆」に描かれている。これは大陸側からの視点で、勝海舟の制作した「大日本沿海略図」(慶応3年)などもこの構図を取っている。この視点からだと、日本海沿岸部が日本の玄関口に見えてくるだろう。過去の例からしても、東京、新潟、京城(現ソウル)、新京(旧満州の首都)をつなぐラインがわかりやすく、十五年戦争期の大日本帝国が本州・朝鮮半島・満州の主要都市を結ぶために新潟を開発した歴史に納得できる。
視点をどこに置くかによって、地図の見え方は変わる。地理が社会や文化に及ぼす影響を紐解くうえでは、地理に関する複眼的な視座が必要となるもので、そうした基本的な考え方をイメージカット的な1コマで端的に示しているわけだ。

各エピソードの見どころ

以下に各エピソードについての感想を記す。それぞれのエピソードを、より深く楽しめるようにするために、サブテキストとなるような作品や映画についても言及していく。

◎第1話 八田百合(第1巻)
主人公のキャラクター紹介や、この作品が「何を見せるマンガなのか」を示すガイダンス的なエピソード。サッカーが好きだと、イギリス本国がおもに4つの地域(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)によって成り立っていることがわかるが、意外とこれが伝わりづらい。ブリテン島周辺の地図を、形を変えて繰り返し出すことで、段階的に情報を染み込ませていこうとする意図が感じられる。ただのイントロダクション的な回ではなく、次エピソードへの“引き”と、のちのエピソード(イギリス酒場で酔狂乱闘編)への導入部としても機能している。

ミャンマー企業紛争編(第1巻)
最近はロヒンギャ難民の問題がクローズアップされがちなミャンマー。民主化以降の経済問題を、シャン族とカレン族の対立に絡めている。産業のない土地で暮らすしかない人々、という点で『ウインターズ・ボーン』におけるヒルビリーの生活を思い出す。
次巻以降でも出てくる「ディバイド」と「ユナイト」の、入門編ともいえる内容。日本でも江戸時代には被差別階級に警備を担当させ、町人の恨みが支配階級(武士)に向かないような社会構造を作り上げていた。この手口は世界中で常套手段なので、まずは「入門編」で読者に基礎知識を用意してくれている。丁寧な構成だ。

タンザニア魔女狩り騒乱編(第1~2巻)
タンザニアと聞くと、ヴィクトリア湖でのナイルパーチ漁をめぐるドキュメンタリー映画『ダーウィンの悪夢』を思い出す。HIVが蔓延していることから「女を買っても殴るだけにしておけよ」という、非道すぎるセリフがあり、それが印象に残っている。ヴィクトリア湖での漁業利権は『虐殺器官』(伊藤計劃)でも触れられている。
「タンザニア魔女狩り騒乱編」は、同じタンザニアであってもルワンダとの国境沿いが物語の舞台となる。この作品について上記で『007』シリーズを引き合いに出したが、本エピソードは「アフリカ版金田一耕助」の趣もあり。ルワンダ虐殺を題材にした『ホテル・ルワンダ』は、日本では映画評論家の町山智浩氏の働きかけによって公開されるにいたった点は忘れてはならない。そのあたりの経緯は、TBSラジオ「ストリーム」でリアルタイムで聞いていた。ルワンダ虐殺は大事件なのに顧みられる機会が少なくなってきているので、こうしてフィクションで触れられるのはすごくいいことだと思う。
本エピソードのラストで「ディバイド」を意図的に引き起こすことで利益を生み出そうとする存在がほのめかされ、物語の“引き”になっている。

イギリス酒場で酔狂乱闘編(第2巻)
2011年のイギリス暴動で注目を集めた「チャヴ(chav)」が登場する。チャヴは『キングスマン』の主人公エグジーを思い浮かべるとイメージしやすい。その昔、マンチェスターの労働階級出身のリアム・ギャラガー(当時オアシス)がラルフローレンのポロシャツを着ただけで「(労働者階級の)裏切り者」呼ばわりされて叩かれたとき、外部からは見えにくいイギリスの階級問題について初めて認識させられた。
現在のイギリスのホームレス事情に関しては、ディスカバリーチャンネルの「60日間耐久!ザ・路上生活」を観ると理解が進む。

エド・スタフォードは元英国陸軍の軍人で、アマゾン川全域を踏破した探検家である。「ディスカバリーチャンネル」での「ザ・無人島生活」(自撮りカメラのみ、道具は一切ナシで60日間の無人島サバイバル)を皮切りに、世界中の様々な極地で10日間耐久する「ザ・秘境生活」や「ザ・遭難サバイバル」など数多くの人気サバイバル番組を務めてきた。そんなサバイバリストの彼が、過酷な自然環境ではなく、ロンドンの路上でホームレスとして60日間を過ごすのがこの番組。
なお、エドの番組はディスカバリーチャンネルの動画配信サイト/アプリ「Dplay」で、一部は無料で観ることができる。


一応、物語的には「キングスコート」という私企業の問題として解決を見るが、その解決方法が現実社会において新自由主義やブレグジットの諸問題に対する糸口となるかどうかは、これから先の歴史が証明することになる。
百合、チェルシーサポ?

ウクライナ愛と暴力と資金提供編(第2巻~)
イギリスのブレグジット(EU離脱)を扱った直後、EUとの連合に署名する予定を白紙に戻してロシアに接近し、民衆蜂起(2014年ウクライナ騒乱)を招いたウクライナのエピソードを持ってきている。このように本作品は、現エピソードで語られる内容が、次エピソードを理解するためのステップとしても機能するように構成されている。ウクライナ騒乱の舞台となった独立広場を冒頭に描き、ユーロマイダンとの関連性が示唆されている。これはそういう話ですよ、と。

2014年ウクライナ騒乱としては、ネットフリックスに『ウィンター・オン・ファイヤー ウクライナ 自由への闘い』というドキュメンタリー作品がある。
ウクライナはあまり日本に馴染みがない国なのでとっつきにくい印象があるかもしれないが、いま世界で進行している問題に例えるなら、アメリカのBLM(ブラック・ライヴズ・マター)を挙げたい。アメリカの企業はBLMに協力しないと世論が許さないが、そのBLMが平和的ではなく破壊活動をしているとしたら、企業からの資金提供はむしろアダになってしまう。このアメリカの企業に置き換えてみれば、オクサナの勤めるレオコープの立場が理解しやすい。
そうして問題を整理しつつ、第3巻を待つのが望ましいだろう。

この1~2巻は、百合の“仕事”を物語の推進力としている。エピソードを重ねるにつれて、少しずつ百合のパーソナルな部分が見えてきて、例えば百合とオクサナの関係性についてや、百合の目標の具体性など、次巻以降はもう少しキャラクターにスポットが当たることが予想される。
まだ物語の序盤。そのうち日本が舞台になる回があれば、何を題材とするかにも注目していきたい。