牛が宇宙人にさらわれるッ!

キャトル・ミューティレーションとは、宇宙人による牛の生体解剖のことである。
アメリカの牧場では、不可解な死を遂げた牛が見つかり、しかもその遺体からは内臓が奇麗に除去され、血液がすべて抜かれていたという。
このようなことは現代の科学では不可能であり、宇宙人の仕業に違いない!
……というのが、80年代末から90年代前半にかけて(おもに)日本テレビ系列で放映されたUFO特番での説明であった。
宇宙人もホルモンが好きというわけではなかったのだ。
しかも、宇宙人は米政府と極秘裏に取引をし、牛はおろか、人間の解剖実験まで行っているとのことである。

牛は事故死し、野生動物が遺体の「やわらかい場所」を食ったとか、血液は地面に染み込んで流れてしまったとか、そういった科学的な説明はとりあえずすっ飛ばして、キャトル・ミューティレーションという恐ろしい陰謀が進められているとの都市伝説が根強く残ってしまったのであった。

というわけで丑年の今年は、キャトル・ミューティレーションから始めたい。
まず牛より始めよ。

な、なんだってー

キャトル・ミューティレーションという事例がオカルト界隈で報告されたのがいつなのか、厳密にはわからないが、日本テレビ系列「土曜スーパースペシャル」の枠で1989年に放映された『緊急UFO現地取材特報』ではキャトル・ミューティレーションを題材として扱っている。日テレのUFO特番というと、「木曜スペシャル」での『矢追純一UFOスペシャル』が一世を風靡したが、それより少し前にすでに全国放送されていたことになる。もともとUFO特集は『11PM』でもやっていたので、そこからの流れではないだろうか。
この一連の日テレのUFO特番は、ゴールデンタイムで放映されたものは視聴率が20%を超えたというから、90年前後から「グレイ」「MJ12」「エリア51」「キャトル・ミューティレーション」などの言葉が世間一般でも普及したようだ。

その最初期にキャトル・ミューティレーションをマンガの題材としたのが『MMR-マガジンミステリー調査班-』である。
該当箇所は第1巻収録の「UFOミステリー・サークルの謎を追え!(前編)」。青森まで取材に訪れたMMRの一行は、牛のハナコが死亡した場面に遭遇。キバヤシに同行した教授が「これはキャトルミューティレーションだ!!」と断定し、「UFOミステリー・サークルの謎を追え!(後編)」で詳細が語られる。作中にキャトル・ミューティレーションの被害に遭った牛の写真が掲載されているが、どうもアメリカの牧場の牛ではないかとの疑念も湧くが……。
このエピソードは「週刊少年マガジン」の1991年6号と7号に掲載されたもので、「少年マガジン」が流行に敏感であったことがうかがえる。
なお、「少年マガジン」は、つのだじろう『うしろの百太郎』(1973~1976)を連載した実績があり、オカルトとの親和性は高い。なお、つのだじろうは同時期に「週刊少年チャンピオン」で連載した『恐怖新聞』(1973~1975)では、宇宙人コンタクティーのエリナ松岡が出てくる回でUFOによるアブダクションを描いているので、「UFO―宇宙人―アブダクション」の図式はもう半世紀近く前には存在したわけである。割と引く。

最新のキャトル・ミューティレーション描写

近年のキャトル・ミューティレーション描写としては、『水は海に向かって流れる』(2018~2020)を挙げたい。

男女5人での同居生活をすることになった高校1年生の直達が、はじめて下宿先を訪れたときに、榊さんから“ポトラッチ丼”をふるまわれる。そのあまりの旨さに悶絶する際、直達の背景にキャトル・ミューティレーションの図が描かれる。コメディ・リリーフ的な役割を担ったコマだが、さまざまな種類の牛がさらわれているのが面白い。
本作は第24回(2020)手塚治虫文化賞新生賞を受賞。また、「ダ・ヴィンチ」の「「プラチナ本OF THE YEAR」(2020)にも選出された。講談社の「マガポケ」で第1話が試し読みできるので、ぜひお試しを。


1991年の時点では「恐ろしい話」として提出されていた宇宙人のキャトル・ミューティレーションが、2018年ではすでに人口に膾炙して“ネタとして”消化され、コメディ・リリーフとして用いられるようになった点が興味深い。宇宙人話がどのように受容されているか、時代による変化がうかがえる。

ウス

最後に、宇宙人と牛ということで、藤子・F・不二雄の傑作短編『ミノタウロスの皿』も挙げておきたい。

もっともこちらは「宇宙人が牛」なのだが。


といったわけで丑年です。
今年もよろしくお願いします。