マンガのガイドブックとして最良の一冊

『まんが道大解剖』は藤子不二雄Aの『まんが道』とその続編『愛…しりそめし頃に…』のガイドブックである。
『まんが道』と『愛…しりそめし頃に…』は、藤子不二雄Aの自伝的な作品ではあるが、史実とは時系列が異なる点も多々ある。作中で提示される資料が多いために、ノンフィクションと混同しやすいが、あくまで「史実を基にしたフィクション」である点には留意すべきだろう。
本書『まんが道大解剖』はそのあたりを踏まえ、関係者の寄稿やインタビューで「フィクションとの相違点」をフォローしており、単なるマンガのガイドブックに終始していない点が素晴らしい。
帰省中の藤子両氏への原稿催促の電報など、資料性も高い。

ガイドブックとしては理想的、永久保存版と呼ぶにふさわしい内容だ。ただ、本当に蛇足なのだが、個人的に少し補足したい部分があったので備忘録的に記しておく。

手塚治虫の年齢問題

補足したい部分とは、吉行淳之介の寄稿だ。
僕は一時期、吉行淳之介の小説を読み漁っていた(『驟雨』『原色の街』『娼婦の部屋』など)ことがあったので、まっさきに吉行の寄稿に目を通したのだが、そこで「おや?」と思う箇所があった。
その原稿は、中央公論社の『まんが道 愛蔵版』第4巻(1987年5月刊)に収録された解説文を再録したものである。
冒頭の一部を引用したい。
この二人の少年の「神様」手塚治虫より、私は二つ年上である。年齢にこだわってみせるのは全くどうかとおもうが、とにかく私は安孫子の「神様」より年上なのだ。だから安孫子素雄と呼び捨てにするのだ。
吉行と安孫子(藤子不二雄A)は、この1987年時点ですでに20年来の付き合いで、普段から麻雀をしたり、たびたび飲みに行ったりしている。そうした気安い関係である点をアピールする意味で、吉行は年齢について触れているのだが、この手塚絡みの年齢というのが曲者。
というのも、手塚治虫は生年を偽って公表していたからだ。

手塚治虫はプロフィールを1926(大正15)年11月3日生まれとしていたが、実際は1928(昭和3)年11月3日生まれ。これが正されるのは、手塚の死後になってからであった。
手塚治虫が亡くなったのは1989年2月9日なので、吉行淳之介が原稿を書いた1987年時点では「1926年生まれ」のプロフィールを参照したわけであり、それゆえに1924(大正13)年生まれの吉行が手塚より「二つ年上」と記述しているわけだ。正確には「四つ年上」である。
いずれにせよ、吉行が手塚より年長である点は変わらないので、文脈的に齟齬は生じない。それゆえ、わざわざ注釈を入れる必要はないだろうけれど、手塚の年齢について触れる際には細心の注意が必要だと、改めて思わされた次第である。

「まんが道」グルメあれこれ

そして、もうひとつ余談。
P.84から「まんが道」グルメと題して、作中に出てきた食べ物を特集するコーナーがある。
このうち椎名町の「松葉」には、トキワ荘メンバーが食べたラーメン以外にも、チューダーもメニューにある。
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なお、P.86の「差し入れ&おごられ飯」にある「ステーキ」は、作中では手塚先生に連れて行ってもらったレストラン「ホワイトベアー」での一コマ。
この「ホワイトベアー」は、現在は路面店の洋食屋をたたみ、池袋西武のデパ地下にデリカとして出店している。
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いわゆる「聖地巡礼」的なめぐりは楽しいが、なによりも半世紀以上前のものがまだ残っていて、現在のわれわれも接続可能である点がうれしい。