「本」を題材にした短編マンガ群

本書は「本」をテーマにしたマンガのアンソロジーである。
「本」がテーマのマンガ……というと、近年では『ビブリア古書の事件手帖』のコミカライズ、アニメ化もされた『デンキ街の本屋さん』、『図書館の主』、『金魚屋古書店』、『草子ブックガイド』、さらには出版業界モノとしてドラマ化もされた『重版出来!』などが思い浮かぶ。いずれも2000年以降の作品であり、そこから「本」マンガは近年のトレンドと見ることもできるが、本書『ビブリオ漫画文庫』はベテラン作家の短編をメインに収録している。

収録作品の発表年は1950年代から2000年代までと幅広いが、作者の年齢(プロフィール公表分)は、上は水木しげる(1922年生)や辰巳ヨシヒロ(1935年生)から下は山川直人(1962年生)の世代まで。こうして見ると、「本」は昔からマンガのテーマになってきたことがわかる。
そもそも作家にとって、「本」はもっとも身近な存在なのだから、それをテーマに描くのは至極自然な成り行きなのかもしれない。

短編マンガは、雑誌掲載時を逃すとなかなか人目に触れる機会がない。
そのため短編には“隠れた名作”も数多いのだが、短編集を編纂するにあたっては、良質な短編マンガを“掘り起こす”編者の技量がモノを言う。
本書の編者・山田英生は、『原水爆漫画コレクション』(全4巻)では1950年代から70年代にかけての佳作を収録した。今作でも、彼にとっての“得意分野”ともいうべき年代をフォローしており、それゆえ本書は、ベテラン作家の安定した技量で描かれた、安心して読める短編集となっている。

枕元に置きたい短編集

マンガ家にとって本は身近であり、そしておそらく誰もが本を好きなのだ。
好きなテーマを短編で自由に描くという「楽しさ」が誌面から伝わってくるので、本書は読んでいて心地がいい。また、好きであるがゆえに、「本」にまつわるどのような題材を取り上げるかに、その作家の個性が浮き彫りになるところが興味深い。
「物」としての本そのもの、編集者、「場」としての本屋や古本屋など、テーマは多岐にわたる。

僕がとくに興味を抱いたのは、どれも「古本屋」を題材にした作品ばかりだ。
本屋や古本屋は、通い慣れた者からすれば、ほとんど毎日行く場所である。だからどうしても、“自分の物語”として、自分の身に置き換えて読むことが容易といえる。
以下に、簡単な感想を記しておく。

「古本屋古本堂」松本零士
主人公の探し求めている古マンガが手塚治虫の『ロストワールド』(宇宙編)なところにニヤリとする。松本零士自身が古書マニアであり、2011年に小学館クリエイティブが復刻した藤子不二雄の『UTOPIA 最後の世界大戦』は松本零士がコレクションしていた原本を基にしているほど。

「古道具屋の怪」水木しげる
古典落語「火焔太鼓」のような牧歌的な出だしなのに、気づくと『死霊のはらわた』のようなホラーに。日本の怪異は海を渡ってくるものなのだなぁ、と変な感心をしたり。

「古本地獄屋敷」(『栞と紙魚子』より)諸星大二郎
100円均一のコーナーにあるような古本ばかりで構成された、二笑亭のような屋敷が舞台。作中に出てくる古本マニアがまるで黄泉平坂の亡者のよう。『栞と紙魚子』は2008年に二オンテレビ系列で『栞と紙魚子の怪奇事件簿』のタイトルでテレビドラマ化されたが、この「古本地獄屋敷」は100分前後のホラー映画にできそう。

「古本屋台」Q.B.B.(原作:久住昌之、作画:久住卓也)
屋台の古本屋という、本好きからするとユートピア感のある短編連作。『深夜食堂』の古本屋版……っぽい雰囲気を感じさせつつ、主人公が『玄人のひとりごと』のように、玄人気取りの半可通に描いているところが面白い。このあたりは久住が原作を担当した『かっこいいスキヤキ』に出てくるトレンチコート(主人公)に共通しているが、真に玄人である屋台の親父とのかけあいが楽しい。

本書には19本の短編が収録されている。
枕元に置いて寝る前に1編ずつ読み進めていくような、日の名残りを惜しむ時間の供にふさわしい1冊といえるだろう。それはちょうど、本書ラストに収録された「ある道化師の一日」(永島慎二)にとっての1冊のように。