平松伸二の自伝的作品

本作『そしてボクは外道マンになる』は、平松伸二の自伝的な実録作品である。
平松伸二は「週刊少年ジャンプ」では『ドーベルマン刑事』『ブラック・エンジェルズ』、活躍の場を青年誌に移してからは『マーダーライセンス牙』と、連続してヒットを飛ばした人気マンガ家だ。近年でも『どす恋ジゴロ』や『外道坊』、『ザ・松田 ブラックエンジェルズ』とカルト的な人気を誇る作品を生み出している。

本作は平松のデビュー前後を描いた『まんが道』的な立志伝で、黄金期を迎えようとしている1970年代の「ジャンプ」周辺が舞台となる……のだが、出てくる登場人物(実在)が、ことごとく平松テイストに脚色されているのがポイント。
史実は踏まえつつもエンターテインメントとしてのケレン味を重視している。田舎から出てきた純朴の青年が、70年代「ジャンプ」界隈でさまざまな経験をして「外道マン(外道漫画家)」へと成長していくビルドゥングスロマンが、あくまで本作の主軸である。まさに『そしてボクは外道マンになる』というタイトルが、本作の内容を端的に示しているわけだ。

さまざまな作品で描かれる本宮ひろ志像

『そしてボクは外道マンになる』の作中には、実在のマンガ家や編集者(変名)が数多く出てくる。本作のキモは主人公の成長譚であるとしても、70年代「ジャンプ」界隈の人物を理解していれば、より深く本作を楽しめるのは事実である。
そして、本作の時代背景を理解するためにオススメしたいのが『さらば、わが青春の「少年ジャンプ」』だ。
さらば、わが青春の『少年ジャンプ』 (幻冬舎文庫)
さらば、わが青春の『少年ジャンプ』 (幻冬舎文庫) [文庫]
本書は「ジャンプ」の3代目編集長・西村繁男(副編集長・仁死村繁樹のモデル)の回顧録で、初代編集長の長野規(編集長・中剛裕次郎のモデル)と「ジャンプ」黎明期を支えた話が明かされる。

さて、『そしてボクは外道マンになる』で描かれる実在のマンガ家のなかで、とくに注目したいのが第3話「3大バイブル」に登場する本宮ひろ志だ。
「ジャンプ」編集部の編集長の机の上に腰かけ、上半身には学ランを羽織り、下駄ばきで、日本刀を抜いている。本宮の出世作『男一匹ガキ大将』を彷彿とさせるいでたちだ。
編集部を訪れたマンガ家というよりは、どう見てもヤクザの討ち入りである。
「テメエらには」「漫画家に対する敬意ってモンが」「足りねえんだよオオオ~~ッ!!」と叫びながら本宮が日本刀を一閃すると、なんと机が真っ二つに切れてしまう。
作中の平松青年は、この本宮の姿に「カッ…カッ…カッコイイイ~~~~~!!」と感激し、「漫画界のヒーロー」と表現している。現実に本宮が日本刀を振り回していたかどうかはさておき、平松が本宮に対して、無頼で硬派なイメージを抱いていたことの証左といえるだろう。

本宮の作家性については、また別の機会に述べるとして、70年代から80年代前半にかけての「ジャンプ」は、本宮の元アシスタントや本宮から影響を受けた作家陣(高橋よしひろ、金井たつお、車田正美、宮下あきらなど)が一大潮流を形成していた。それほど本宮の『男一匹ガキ大将』が時代に与えたインパクトは大きかったのだ。
必然的に『そしてボクは外道マンになる』以外のこの時代を回顧した作品にも本宮ひろ志(もしくは本宮をモデルにしたキャラクター)は登場する。それらを総合的に見ていくと、この時代の「ジャンプ」作家にとっての本宮像が浮かび上がってくるだろう。
そこで今回は、本宮ひろ志が出てくるマンガを見ていくことで、70年代「ジャンプ」界隈における共通認識としての本宮ひろ志像を確認したい。


『少年リーダム~友情・努力・勝利の詩』
作者は『よろしくメカドック』の次原隆二。週刊誌時代の新潮社「コミックバンチ」で連載していたので、「ジャンプ」が「リーダム」の変名になっている。
前述の『さらば、わが青春の「少年ジャンプ」』を原案としている。
舞台は1982年。出版社の彗星社に入社した主人公・馳純平は、「リーダム」編集部に配属され、村西繁編集長の下、マンガ編集者として鍛えられていく。
第4話「運命的な出会い」(1巻収録)には、村西編集長と宮本ひさ志が出会ったときのエピソードが明かされ、『男ガクラン総大将』の誕生秘話が語られる。
この作品における本宮(宮本ひさ志)は、まだデビュー前の時期。無精ヒゲをはやし、スタジャンを着た青年の姿で描かれる。「はにかみ屋」で「目だけはギラギラと輝いていた」と述懐される。
野心的な好青年、といった様子だ。
なお、1巻には本宮ひろ志と西村繁男の対談も収録されている。


まんがの花道 めざせ漫画家!!編
作者は『ホールインワン』の金井たつお。実業之日本社「週刊漫画サンデー」(2013年に休刊)に連載されていたので、「ジャンプ」が「ガッツ」の変名になっている。コミックスは1巻のみ刊行された。
舞台は昭和50(1975)年。マンガ家になるために上京した主人公・日本一(ひもと はじめ)は、『やったれ番長』の天童昇の天童プロでアシスタントになる。
主人公の師匠・天童昇は本宮ひろ志をモデルにしたキャラで、すでに売れっ子作家。ガニマタでドタドタ歩いたり、鼻毛を指で引き抜いていたり、上京初日の主人公をトルコ風呂(現在のソープランド)に連れて行ったり、昔ながらのいわゆる「豪傑」然として描かれる。豪放磊落、それでいて面倒見がよくて、情にもろい。
漫画賞の席でベテラン大御所作家と衝突するという、本宮が手塚賞のパーティで審査委員長の手塚治虫の不興を買った逸話を元にしたようなエピソードも描かれる。


『藍の時代 一期一会』
作者は『リングにかけろ』『風魔の小次郎』『聖闘士星矢』など数多くの代表作がある車田正美。本作は秋田書店「週刊少年チャンピオン」に短期集中連載された。「超自伝」と銘打っており、出だしに1ページ丸々使って「この物語は事実をもとにしたフィクションである」と大書しているのが特徴だ。
車田本人は実名で登場するが、『リングにほえろ』を「チャンピオン」で連載するなど、かなり脚色も多い。しかし「ジャンプ」と本宮ひろ志は実名で登場する。資料的価値うんぬんよりも、三人の青年(東田正巳、中山歳男、小林純一)の青春群像劇としての色彩が強い。
第二話「路上の絵」で東田青年は『男一匹ガキ大将』に衝撃を受け、マンガ家を志すようになる。それ以前に東田青年は錦糸町の繁華街で本宮を見かけており、そのときの本宮は車田マンガの主人公キャラっぽい造形(『リングにかけろ』の高嶺竜児、『聖闘士星矢』の星矢など)で描かれており、原稿を片手にチンピラ3人を相手に喧嘩している。上着はやはりスタジャンだ。
このことから、本作における本宮は、東田青年にとって目標となる憧れの存在として描かれている。


『実録!神輪会』
そんな車田が「ジャンプ」の愛読者賞で描いた短編を収録したのが『実録!神輪会』。愛読者賞とは、『そしてボクは外道マンになる』の第4話「オレは一体何ンなんだ!!」でも説明されているが、かつて「ジャンプ」で行われていた読切企画のことである。この賞で執筆した作品が読者アンケートで1位になると、副賞としてヨーロッパ旅行に行けたという。
なお、神輪会とは、車田正美プロのことである。
第1話「愛読者賞には手を出すな!!」では、愛読者賞の副賞のヨーロッパ旅行を欲しがる車田が、秋本治、池沢さとし、江口寿史、平松伸二、金井たつお、松本零士、高橋よしひろを暗殺。さらに中島のおやっさん(中島徳博)を殺害し、愛読者賞のライバルたちを次々と葬っていく。最後には、本宮ひろ志が単身乗り込んできて神輪会を壊滅させる(という夢)。
ここで描かれる本宮は「お…男一匹ガキ大将…そっくり……」と言われるが、『男一匹ガキ大将』の主人公・戸川万吉を車田テイストで描いているので、どちらかというと『リングにかけろ』の剣崎順のほうがテイストとしては近い。要するに車田マンガにおける主人公キャラとしての造形である。
ちなみに『実録!神輪会』の中島のおやっさんが、『そしてボクは外道マンになる』同様、本宮のことを「本宮のお兄ちゃん」と呼んでいるところが味わい深い。


『春爛漫』
本宮ひろ志には自伝的な作品があり、それが『春爛漫』だ。
主人公の本村ひろ志は、中学を卒業後、航空自衛隊に入隊するも1年でやめてしまう。悪友たちを東価学会に折伏させようとする父親と反目して家を出ると、職を転々としながらマンガを描くようになっていく。やがて「少年ダンプ」に『男一匹番長列伝』を連載しヒット作家に。なお、少年ダンプ3周年記念パーティでベテラン作家と衝突する場面があるが、やはり当時の本宮はかなり上の世代からは忌避されていたようだし、そのことは本宮からしてもかなりショッキングであったと推察される。
固有名詞は随所で変名になっているが、作中で語られるエピソードの多くは本宮の自伝エッセイ『天然まんが家』にもあるので、実質的な半生記マンガといえる。
10代の少年期を描いた作品なので、外見的には本宮マンガの主人公に共通するルックスだ。物怖じはしないが、優柔不断なところがあり、『少年リーダム』で村西繁編集長が言った「はにかみ屋」としての性質がよく出ている。


『やぶれかぶれ』
本宮自身が主人公となった作品に『やぶれかぶれ』がある。時系列的には『春爛漫』のあとで、休業明け一発目の作品となる。参議院の全国区に出馬することを宣言し、その過程をマンガに描くという異色のドキュメンタリーだ。
しかし、政治に対する知識のない本宮は、目白台の田中角栄邸に押しかけるも、要人警護の警官に職務質問されて追い返されたり、衆議院議員(当時)の菅直人と対談したりする。最終的には田中角栄と面会を果たし、そこで本宮の見た田中角栄像が描かれるので、田中角栄ブームのいま、あらためて読み直してみるのも面白い。
2巻では、銀座のクラブで石森章太郎やさとうたかをと出会い、当時のマンガ家から本宮のこうした動きに対する反応が得られるが、ほかのマンガ家(手塚治虫、池上遼一、青柳裕介、ちばあきお、小池一夫、鳥山明、政岡としや、秋本治、永井豪、水島新司、車田正美、あだち充、小山ゆう、里中満智子、古谷三敏、江口寿史、松本零士、ちばてつや)のコメントも収録されていて、非常に興味深い。
また、竹入義勝(当時公明党委員長)に自衛隊のあり方に対する考えを聞いたり、信徒の池田大作に対する個人崇拝の是非をぶつけていたりする。
本作における本宮は、外見的には『春爛漫』同様の本宮キャラだが、心情的な面では等身大の自分が描かれていた。本宮このとき36歳。現在の基準で考えると、かなり成熟した36歳だと感じられる。

マンガの中で描かれたマンガ家というと手塚治虫がもっとも有名だが、これまで見てきたように、本宮ひろ志もなかなか多い。なかなかマンガ史において本宮ひろ志が語られる機会はないが、少なくとも「ジャンプ」は本宮抜きには語れないし、絶大なインパクトを持った作家出会ったことは間違いない。
今後、ベテラン作家たちが往時を回顧した作品が増えると、さらに本宮像が描かれていくことが予想される。いまのところは『そしてボクは外道マンになる』のように、あこがれの対象として描かれることが多いが、それがどのように変遷していくかにも注目したいところだ。

※8月21日追記
『さらば、わが青春の「少年ジャンプ」』の説明箇所で、「ジャンプ」の初代編集長・長野規氏が『そしてボクは外道マンになる』の中剛裕次郎編集長のモデルと記述していましたが、「2代目の中野祐介さんではないでしょうか?」とのご指摘を受けましたので修正しました。伊藤様、ご指摘ありがとうございました。