鎌倉時代の文永の役が題材

アニメ化が発表された『アンゴルモア 元寇合戦記』の最新8巻がリリースされた(アニメ放映は2018年予定とのこと)。

作者のたかぎ七彦先生には、2016年に「このマンガがすごい!WEB」でお話を聞かせていただいたことがある。そのインタビュー記事はこちら(前編後編)。

本作は元寇を題材とした歴史マンガである。
主人公の朽井迅三郎は鎌倉の御家人だったが、政争(二月騒動)に巻き込まれ、流刑地・対馬へと流されてしまった。そこで迅三郎は元寇に遭遇。対馬勢に加勢し、蒙古と対峙する。
なお、元寇には文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)があるが、本作は文永の役を扱っている。

最新8巻の開始時点での状況としては、迅三郎ら対馬製は防人の末裔と合流し、いったんは蒙古軍を退却させることに成功した。しかし、おめおめと引き下がれない蒙古軍は、夜明けとともに大攻勢を仕掛けるべく準備を整えている。

対比によって浮かび上がるもの

この8巻は、「戦(いくさ)と戦のあいだのインターミッション」的な意味合いが強く、本編では高麗の諶(のちの25代高麗王・忠烈王)がフィーチャーされる。
高麗は蒙古軍に対し30年にわたる抵抗をつづけたのちに服属したため、帝国内での立場は芳しくなかった。諶は高麗を守るために、帝国内で奔走することになる。
だが、その過程において目的と手段が混同していく。

諶という人物にフォーカスすると、モンゴル帝国に対する「抵抗」と「臣従」というふたつのシチュエーションが浮かび上がる。両方を体験した諶の目を通じて対馬勢を見ると、必然的に、そこにかつての高麗の姿を重ねわせることになるわけだ。ここから読者は、本来ならまったく無関係な諶と迅三郎とのあいだにある種の共通性を見出し、お互いを「ありえたはずの、もうひとりの自分」という鏡像関係を意識する。

物語は、「主人公の意思」と「引き返せない状況」のふたつを要求する。
「引き返せない状況」がなければ物語は展開しないし、そこに「主人公の意思」が上乗せされなければ、物語に推進力は生まれない。
本作の主人公・朽井迅三郎は、物語冒頭から「引き返せない状況」に置かれていた。迅三郎本人に関するパーソナルな来し方は、この8巻までで少しずつ明らかにされてきており、そして8巻ラストにおいて、戦うことへの意思が明確なかたちで読者に開示されていく。
この8巻1冊をまるまる使って、主人公と鏡像的な位置に置かれた諶との対比のなかで、読者にもわかりやすい形で「主人公の意志」が浮かび上がらせているあたりに、この作品の構成力の巧みさがある。
高麗の抵抗時代と臣従時代、諶と元宗、さらに諶と迅三郎という対比が、諶と迅三郎の内面描写に深度を与えている点を指摘しておきたい。

「物語」というのは、一度動き出したら、作者にも読者にも制御できないような要求をしてくるもので、これが史実に準拠しない一般のフィクションであれば、やがて物語は「主人公と鏡像」の邂逅を求めてくる。
史実では、文永の役のあと、日本人の老若男女およそ200人の捕虜が忠烈王(諶)とその妃であるクトゥルクケルミシュ(フビライの娘)に献上される。忠烈王と迅三郎が直接対面する可能性があるとしたら、このタイミングしかないと思うが、そのあたりは取るに足らない予想の域にすぎない。

時間経過と内面の変化

8巻での表現技法として驚かされた箇所としてP.37を挙げておきたい。
このページでは、諶とその父・倎(元宗)の対話が描かれる。
1コマ目と4コマ目は、枠線を無視して俯瞰で見ると、一枚絵としての諶の表情になる。時間的な連続性を示すコマの流れと、シーンが転換していない(映画でいえばワンカットの長回し)状態を同時に示している。そして2、3、5コマ目では対話中の倎の表情が描かれており、この3つのコマは縦に目を落としていくと、対話中の表情の変化が見て取れる。
また、この対話における
諶と倎は対立関係にある。諶の視線は右側に向けられており、『7SEEDS』の記事の中で述べた対立軸の描き方でいえば、その緊張関係が示されている。
これらの表現技法により、
  ・
諶の面従腹背(表面上は対立していないが、内面では背いている)
  ・立場的には
諶のほうが強くなっている(大きさの比較)
  ・泰然自若とした諶、狼狽する
以上の3点が見事に凝縮したかたちで表現されている。

バンド・デシネ『MATSUMOTO』の記事の中で、日本マンガとバンド・デシネの会話劇の描き方の違いについて触れたが、そこで述べた日本式マンガにおける会話劇の、お手本のようなページといえるのではないだろうか。時間経過と内面の変化という、客観と主観の両面での「変遷」を描いている。
僕はこのページを見たときに、思わず唸ってしまった。

さて、『アンゴルモア』はこの8巻までが3幕構成の第1幕と考えてよく、ここから物語は転換点を迎える。本格攻勢を仕掛けてくる蒙古軍のスケールの大きさ、対する対馬勢の絶望感、合戦の華々しさがクローズアップされていくが、そうした状況下に置かれた登場人物たちの内面的な変遷がどのように描かれていくかについても注目していくべきだろう。