第1回のお相手は落語家・立川志ら乃師匠
マンガとの接し方、マンガの読み方は百人百様。いろいろな方にマンガとのかかわり方を聞くインタビュー・シリーズ。
第1弾は落語立川流の真打ち・立川志ら乃師匠にお話をうかがいました!
今回のお相手:立川志ら乃師匠
1974年生まれ。落語立川流の落語家(真打ち)。
1998年、立川志らくに入門。
2003年、前座から二ッ目に昇進。
2005年、NHK新人演芸大賞を受賞。
2011年、真打ち昇進決定(翌年昇進)
客分の弟子として、WWEで活躍中のプロレスラーASUKA、関智一(声優)、山口勝平(声優)などがいる。現在は「渋谷らくご」や「声優落語天狗連」など、活躍の場を広げている。
1974年生まれ。落語立川流の落語家(真打ち)。
1998年、立川志らくに入門。
2003年、前座から二ッ目に昇進。
2005年、NHK新人演芸大賞を受賞。
2011年、真打ち昇進決定(翌年昇進)
客分の弟子として、WWEで活躍中のプロレスラーASUKA、関智一(声優)、山口勝平(声優)などがいる。現在は「渋谷らくご」や「声優落語天狗連」など、活躍の場を広げている。
志ら乃師匠には二ツ目のころから懇意にさせていただいており、
最初の著書『談志亡き後の真打ち』では編集および構成を担当させてもらいました。
志ら乃師匠は、かつては講談社「モーニング」にて二代目林家木久蔵師匠、立川志らべ師匠との三人で「モチケン!」(モーニング落語研究会)という座談会ページを連載していたことがあります。
また「このマンガがすごい!」では、2010年版から現在まで連続して選者として参加しているように、マンガとは浅からぬ縁があります。
『昭和元禄落語心中 アニメ公式ガイドブック』では、雲田はるこ先生、サンキュータツオさんとの鼎談に参加していただきましたが、 落語を題材にしたマンガについては以前「このマンガがすごい!WEB」にてお聞きしたので、今回は志ら乃師匠のマンガとのかかわり方をうかがいました。
志ら乃師匠のお気に入りのマンガ家は……
――今年も「このマンガがすごい!」のアンケートの時期です。志ら乃師匠の投票先は、年によってオトコ編だったりオンナ編だったりします。志ら乃 あのカテゴリー分けが、実はよくわかってないんだよね(笑)。これとこれとこれ……って作品をリストアップして、それから編集者に「このチョイスだと、どっちがいいの?」って聞く感じ。
――そのなかで、植田まさしを結構プッシュしてますよね。
志ら乃 そう、『かりあげクン』。
――どのあたりが好きなんですか?
志ら乃 「干からびたヤモリ」とか「脱皮中のヘビ」あたりの頭のおかしいネタが好き……、ってのもあるんだけど、ほどがいいんだよね。単行本1冊すべてが面白いわけじゃないんだけど、何本か面白いネタがある。その塩梅がすごくいい。
――今年は「漫画アクション」の50周年記念で『かりあげ子チャン』というスピンオフもやってましたが……。
志ら乃 ねえ。なんでああいうことやるんだろうね(苦笑)
――いつから植田まさしファンなんですか?
志ら乃 家で取っていた新聞が読売新聞だったんです。
――ああ、『コボちゃん』。
志ら乃 それで『コボちゃん』から『かりあげクン』、『フリテンくん』と手を広げていったんだけど、麻雀ネタがわからないから結局『かりあげクン』に落ち着いたんです。
――志ら乃師匠の世代(1974年生まれ)だと、小学生の頃に「週刊少年ジャンプ」が黄金期を迎えていたと思うんですけど。
志ら乃 うちね、母親に「ジャンプ」は禁止されてたの。母親が性的なものにすごく潔癖な人だったんです。エロと下品が大嫌い。
――ああ、「ジャンプ」はかならずエロがありますもんね。
志ら乃 アニメの『タッチ』は、同級生の話題についていくために見させてもらってたけど、その後番組の『陽あたり良好!』の予告でお風呂場のシーンがあったんですよ。そうしたら「あなたは来週これを見るの?」って聞いてくるから、「……見ません」と。
志ら乃 「干からびたヤモリ」とか「脱皮中のヘビ」あたりの頭のおかしいネタが好き……、ってのもあるんだけど、ほどがいいんだよね。単行本1冊すべてが面白いわけじゃないんだけど、何本か面白いネタがある。その塩梅がすごくいい。
――今年は「漫画アクション」の50周年記念で『かりあげ子チャン』というスピンオフもやってましたが……。
志ら乃 ねえ。なんでああいうことやるんだろうね(苦笑)
――いつから植田まさしファンなんですか?
志ら乃 家で取っていた新聞が読売新聞だったんです。
――ああ、『コボちゃん』。
志ら乃 それで『コボちゃん』から『かりあげクン』、『フリテンくん』と手を広げていったんだけど、麻雀ネタがわからないから結局『かりあげクン』に落ち着いたんです。
単行本派で短編好き
――志ら乃師匠の世代(1974年生まれ)だと、小学生の頃に「週刊少年ジャンプ」が黄金期を迎えていたと思うんですけど。志ら乃 うちね、母親に「ジャンプ」は禁止されてたの。母親が性的なものにすごく潔癖な人だったんです。エロと下品が大嫌い。
――ああ、「ジャンプ」はかならずエロがありますもんね。
志ら乃 アニメの『タッチ』は、同級生の話題についていくために見させてもらってたけど、その後番組の『陽あたり良好!』の予告でお風呂場のシーンがあったんですよ。そうしたら「あなたは来週これを見るの?」って聞いてくるから、「……見ません」と。
――それは確かに厳しい。そういえば志ら乃師匠は、ほとんど下ネタやりませんね。
志ら乃 自分に合ってないのがわかったから。外見との関係もあるとは思うけど、私が下ネタやってもウケない。何が自分に合っていて、合っていないか。ようやくわかってきた気はします。
――じゃあ子供の時分に読んでいたマンガは……
志ら乃 唯一、単行本で買っていたのが『キン肉マン』。
――いま「週プレNEWS」で続きを連載してますね。
志ら乃 でもね、雑誌でマンガを読む習慣が身についてないから、「続きを楽しみに待つ」感覚がないんですよ。単行本にまとまってから読む。
――そういう意味では、単行本派ですね。
志ら乃 ただ、ストーリーマンガって、前の巻までの展開を忘れちゃうから、続きを買ったときにはイチから読み直さなきゃならない。昔は何度でも読み返していたけど、いまは何回も読み返す時間がない。だから有名なマンガはほとんど読んでなかったし、『ドラゴンボール』を読んだのも大人になってからですよ。でも、最後まで読めなかった。途中で挫折しちゃいましたよ。『キャプテン翼』も『ジョジョの奇妙な冒険』も、いわゆる人気作は全部手を出してみたんだけど、最後までたどり着かない。
――それで短編とか一話完結型とか、4コママンガが好きなんですね。
志ら乃 そうなんです。週刊連載で毎週刺激を用意して読者を引っ張る……というのも難しいことだと思うんだけど、短編のほうが(作者の)言いたいことがハッキリわかるし。『ウルトラマン』とかアニメ『ルパン三世』みたいに、AパートとBパートで30分、ていうのが好きなんだな。アニメの『サザエさん』とかね。
――一話完結型とか。
志ら乃 みんなもっと気楽に読んでるんだろうけどね。だから、自分にはマンガを読む能力が欠けてるんだと思う。
――いやぁ、でも長期連載作品は、途中で脱落する読者も多いですから。志ら乃師匠にマンガを読む能力が欠けてるとは思いませんよ。
志ら乃 イチから読み始めて、最後までいきたいんですよ。
――じゃあ『ゴルゴ13』とか合いそうですね。
志ら乃 あ、『ゴルゴ13』面白い! 弟弟子に好きなやつがいて、傑作選を借りて読むんだけど、面白い! 量が多すぎるから、最後までたどり着いてないけど。
――なんとなく志ら乃師匠の好みが見えてきた気がします。
志ら乃 最近気になったマンガは、押切蓮介が多いかな? いつも気になっている作家は、上野顕太郎とか桜玉吉とか、吉田戦車、相原コージ……。やっぱりギャグマンガが好きですね。
スーパーのはなし
――さて、短編の名手といえば藤子・F・不二雄ですが。志ら乃 ……あなたのオススメした『スーパーさん』読んだけど、あれはないでしょ!
※本サイトの『スーパーさん』に関する記事はこちら。
――ダメでしたか(笑)
志ら乃 だって、オチが他人のギャグ(※赤塚不二夫『おそ松くん』のイヤミ)なんだもん。あれは本(『藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 (1) 』)の構成からいっても、前座みたいなもんでしょ? 大ネタの『ミノタウロスの皿』に持っていくための開口一番。
――いや、まあ、あれは志ら乃師匠が高座でスーパーマーケットの話を最近よくしているから、「こういうのもありますよ」程度のことで……。
志ら乃 このマンガ、全然スーパーと関係ないじゃない!
――というか、なんでそんなにスーパーマーケットの話にハマったんですか?
志ら乃 私は自己プロデュース能力がない、とわかったんです。まあ、自分のことはわからない。自己プロデュースが得意な人よりは、苦手な人の方が圧倒的に多いでしょ?
――そうですね。
志ら乃 だから「スーパーマーケットが好き」というコンテンツを自分が持っていることに、自分で気づいてなかった。ウケると思ってなかったから。偶然の産物。去年の7月の「渋谷らくご」で、何か自分の印象を残したいと思ったときにブツけたネタなんだから。ハーゲンダッツのネタ(スーパーによってハーゲンダッツの値段が違うというネタ)。あんなにスーパーのネタがお客さんにウケるとは思ってなかったし、自分でもこんなにスーパーについて「話し足りない!」と思うとは想像してなかった。
――考えてみれば、スーパーマーケットは毎日行くような場所ですもんね。そもそも「スーパーマーケットが大好きな自分」に自分で気づいていなかった、と。
志ら乃 今ではあまりに話し足りなくて、「スーパーのはなしをしよう」というトークイベントを3カ月に一度開くようになってますから(次回は12月16日予定。詳細は公式ブログをご参照ください)
――あれ? じゃあ「グローサリー部門」って新作落語は、そのあとに作ったんでしたっけ?
志ら乃 去年の10月の「渋谷らくご」の「しゃべっちゃいなよ」(林家彦いちプレゼンツの創作落語ネタおろし会)。
――あ、そうでしたか。
志ら乃 「そんなにしゃべることがあるなら一席にしちゃえばいいじゃん」って彦いち師匠に言われて、偶然。ラッキーパンチ。
――それで「スーパーマーケットに関するマンガは何かないかなぁ」と思ったのと、「そういえば志ら乃師匠は藤子・F・不二雄が好きだったなぁ」と思い出して、まずは話のとっかかりになるかと『スーパーさん』をオススメしたわけなんです。
志ら乃 まあ、『スーパーさん』をあえて分析するなら、このキョトンとした顔でオトすのは、『ドラえもん』によくあるパターンだよね。
――ああ、ありますね確かに。
志ら乃 でもね、たとえばトークって、話している内容が面白くても、話している芸人さんの口調がつまらないケースが、ままあるんですよ。話の内容がつまらないと、その口調だともたないぞ、と。
――なるほど。
志ら乃 このあいだ東京03のライブに行ったんですけど、ネタも面白いけど、話の間も抜群に面白いんですよ。欲しいタイミングで台詞を言ってくれるし、欲しいタイミングで動いてポーズをとってくれる。そうすると、お客としては「何があっても面白いんだ」ってなるわけ。「面白い/面白くない」ではなくて、「この人たちが言っていることは面白いんだ」になるわけ。
――お客さんが演者を信頼するんですね。
志ら乃 藤子・F・不二雄にはそれがあるんですよ。
――それってコマの運び(リズムとテンポ)なんですかね?
志ら乃 いや、絵がちゃんと滑稽な絵になっているんですよ。
――滑稽なシーンでは滑稽な絵を見せてくれる、ということ?
志ら乃 いや、もう全体的に「これは面白いんだ」というのがにじみ出てるんです。たとえば『中年スーパーマン左江内氏』だったら、何の説明がなくとも、もうこの表紙だけで面白いんですよ。
もうポーズだけで面白い。
――身体性の問題なのかな?
志ら乃 あとね、飯をうまそうに食っているのを描くのがうまい。『ドラえもん』だったかな? 布団かぶって寝そべって、ぼた餅を食うシーンがあって、よくよく考えたら寝ながらだと食いづらいし、うまいはずがないんだよね。でも、読者がいちばん「うまそう!」と思うのは、台所で食べているシーンなんかじゃなくて、「そうまでして食べたいのか!」と思わせる絵であって。
――なるほど、食事を豪華に描き込むんじゃなくって、シチュエーションで感じさせる。
志ら乃 そう、そう。うまそうに見せる見せ方が、半端じゃなくうまい。「おすそわけガム」(てんとう虫コミックス11巻収録)で、スネ夫がメロンを食うと、おすそわけガムを噛んでいるドラえもんとのび太にも味が伝わるんだけど、実物は食べていないのに、読者にはドラえもんとのび太が味わっている「美味しさ」が伝わるんだよね。物を見せない。藤子・F・不二雄は落語好きだけあって、省略がうまいんじゃないかな。
――藤子・F・不二雄ミュージアム(神奈川県川崎市)に再現されている仕事机には、机の脇に『これが志ん生だ 古今亭志ん生名演大全集』のBOXが置かれてますし、かなり落語好きだったようですね。
志ら乃 落語の根多からそのまま引っ張って来たな、ってネタももちろんあるけど、
――「人間切断機」(てんとう虫コミックス10巻収録)なんかは「胴切り」ですもんね。
志ら乃 でもそういうことじゃなくて、「想像させる」ってのと「省略」ってことが、落語的だと思うんだよね。
志ら乃 あと「スン……!」っていう表情で笑わそうとするところなんかも、落語っぽい。
――ちょっとそれ具体的にお聞きしてもいいですか?
志ら乃 落語ってね、やっぱり聞く芸なんだよね。聞くってのはどういうことかと言うと、しゃべってしゃべっているわけではない。落語に出てくる登場人物は、他人がしゃべったのを聞いて、自分がしゃべる。受けて、しゃべる。受けて、しゃべる。だから受け方が下手だと、面白くない。
――はぁー、そういうことですか。演者の演じる受け役と、客側が、そこで同調してるんですか。
志ら乃 そこでちゃんと処理してくれてる、というのもある。「普通とは何ぞや」というのがあって、「普通」を分かっている人(=受け側)には心を許しちゃうし、共感する。最初から最後まで何だかわからない奇妙なものだと、お客はわからない。「普通とは何ぞや」をつねに考えると、普通から少しでもズレるとおかしいわけですよ。だから「普通」と「普通ではない」を行ったり来たりさせる。あの「スン……!」っていう表情は、受けなんですよ。
――なるほど。
志ら乃 タモリ的でもあるんよね。どれだけ周りで若手芸人がはしゃいでも、タモリさんは「スン……!」としてる。それで「興味ないんですか?」「興味ないね」で、ドカンとウケる。
――その例えはわかりやすいですね。
志ら乃 でもやっぱり「絵が面白い」のが大きいよ。ポーズがシュールだったり、1コマだけ抜き出して面白かったりするじゃない。しずかちゃんが踊っているだけなのに絵が面白い、とか。
――SNSなんかだとネタとして共有しやすいですよね。
志ら乃 それって、落語の「このフレーズがいいんだよ」みたいなのに通じるのかもしれない。うちの師匠がそれを説明するときに、よく「野ざらし」の「骨ぅ?」ってフレーズがいいんだよ、みたいな話をするじゃない。
――しますね。
志ら乃 そういう楽しみができるのも、『ドラえもん』のすごいところ。ほかのマンガの「面白い絵」っていうのは、ストーリーを際立たせるための絵であって、『ドラえもん』に代表される藤子・F・不二雄作品の絵の面白さっていうのは、それがどんなストーリーであっても、その1コマ自体が面白いんですよ。
――それって落語家の、いわゆるフラってのと近いんですかね?
志ら乃 そう……かもしれないけど、藤子・F・不二雄の場合は自分で描いているから、計算でそれをやっているわけでしょ? だから、すごすぎるんですよ。
――なるほど。『中年サラリーマン左江内氏』には「お化け長屋」を翻案した話があるから、そういうところから藤子・F・不二雄と落語の関係性を話してもらおうと思っていたんですけど、そういうことじゃないんですね。
志ら乃 これは落語家にもよるんだけど、人情噺を人情噺のトーンで演ってもつまらない場合がある。腕のある落語家なら、滑稽噺のトーンで人情噺を演ると面白い。藤子・F・不二雄は滑稽噺の絵なんだよ。でシリアス来るから怖ぇんだよ。
――あぁ、確かに。
志ら乃 絵で怖がらせよう、というのがなく、滑稽噺のトーンで話が進んでいって、それで『ミノタウロスの皿』とか『カンビュセスの籤』みたいなオチになるからカルチャーショックを受けるんだよね。
――絵が滑稽噺のトーン、って言い得て妙ですね。
志ら乃 滑稽噺のトーンですよ、この絵は。だから油断しちゃう。絵に油断しちゃう。
――やっぱり藤子・F・不二雄はギャグの人、滑稽噺なんですね。
――それで「スーパーマーケットに関するマンガは何かないかなぁ」と思ったのと、「そういえば志ら乃師匠は藤子・F・不二雄が好きだったなぁ」と思い出して、まずは話のとっかかりになるかと『スーパーさん』をオススメしたわけなんです。
藤子・F・不二雄作品に見る落語的要素
志ら乃 まあ、『スーパーさん』をあえて分析するなら、このキョトンとした顔でオトすのは、『ドラえもん』によくあるパターンだよね。――ああ、ありますね確かに。
志ら乃 でもね、たとえばトークって、話している内容が面白くても、話している芸人さんの口調がつまらないケースが、ままあるんですよ。話の内容がつまらないと、その口調だともたないぞ、と。
――なるほど。
志ら乃 このあいだ東京03のライブに行ったんですけど、ネタも面白いけど、話の間も抜群に面白いんですよ。欲しいタイミングで台詞を言ってくれるし、欲しいタイミングで動いてポーズをとってくれる。そうすると、お客としては「何があっても面白いんだ」ってなるわけ。「面白い/面白くない」ではなくて、「この人たちが言っていることは面白いんだ」になるわけ。
――お客さんが演者を信頼するんですね。
志ら乃 藤子・F・不二雄にはそれがあるんですよ。
――それってコマの運び(リズムとテンポ)なんですかね?
志ら乃 いや、絵がちゃんと滑稽な絵になっているんですよ。
――滑稽なシーンでは滑稽な絵を見せてくれる、ということ?
志ら乃 いや、もう全体的に「これは面白いんだ」というのがにじみ出てるんです。たとえば『中年スーパーマン左江内氏』だったら、何の説明がなくとも、もうこの表紙だけで面白いんですよ。
もうポーズだけで面白い。
――身体性の問題なのかな?
志ら乃 あとね、飯をうまそうに食っているのを描くのがうまい。『ドラえもん』だったかな? 布団かぶって寝そべって、ぼた餅を食うシーンがあって、よくよく考えたら寝ながらだと食いづらいし、うまいはずがないんだよね。でも、読者がいちばん「うまそう!」と思うのは、台所で食べているシーンなんかじゃなくて、「そうまでして食べたいのか!」と思わせる絵であって。
――なるほど、食事を豪華に描き込むんじゃなくって、シチュエーションで感じさせる。
志ら乃 そう、そう。うまそうに見せる見せ方が、半端じゃなくうまい。「おすそわけガム」(てんとう虫コミックス11巻収録)で、スネ夫がメロンを食うと、おすそわけガムを噛んでいるドラえもんとのび太にも味が伝わるんだけど、実物は食べていないのに、読者にはドラえもんとのび太が味わっている「美味しさ」が伝わるんだよね。物を見せない。藤子・F・不二雄は落語好きだけあって、省略がうまいんじゃないかな。
――藤子・F・不二雄ミュージアム(神奈川県川崎市)に再現されている仕事机には、机の脇に『これが志ん生だ 古今亭志ん生名演大全集』のBOXが置かれてますし、かなり落語好きだったようですね。
志ら乃 落語の根多からそのまま引っ張って来たな、ってネタももちろんあるけど、
――「人間切断機」(てんとう虫コミックス10巻収録)なんかは「胴切り」ですもんね。
志ら乃 でもそういうことじゃなくて、「想像させる」ってのと「省略」ってことが、落語的だと思うんだよね。
藤子・F・不二雄の絵は滑稽噺のトーン
志ら乃 あと「スン……!」っていう表情で笑わそうとするところなんかも、落語っぽい。――ちょっとそれ具体的にお聞きしてもいいですか?
志ら乃 落語ってね、やっぱり聞く芸なんだよね。聞くってのはどういうことかと言うと、しゃべってしゃべっているわけではない。落語に出てくる登場人物は、他人がしゃべったのを聞いて、自分がしゃべる。受けて、しゃべる。受けて、しゃべる。だから受け方が下手だと、面白くない。
――はぁー、そういうことですか。演者の演じる受け役と、客側が、そこで同調してるんですか。
志ら乃 そこでちゃんと処理してくれてる、というのもある。「普通とは何ぞや」というのがあって、「普通」を分かっている人(=受け側)には心を許しちゃうし、共感する。最初から最後まで何だかわからない奇妙なものだと、お客はわからない。「普通とは何ぞや」をつねに考えると、普通から少しでもズレるとおかしいわけですよ。だから「普通」と「普通ではない」を行ったり来たりさせる。あの「スン……!」っていう表情は、受けなんですよ。
――なるほど。
志ら乃 タモリ的でもあるんよね。どれだけ周りで若手芸人がはしゃいでも、タモリさんは「スン……!」としてる。それで「興味ないんですか?」「興味ないね」で、ドカンとウケる。
――その例えはわかりやすいですね。
志ら乃 でもやっぱり「絵が面白い」のが大きいよ。ポーズがシュールだったり、1コマだけ抜き出して面白かったりするじゃない。しずかちゃんが踊っているだけなのに絵が面白い、とか。
――SNSなんかだとネタとして共有しやすいですよね。
志ら乃 それって、落語の「このフレーズがいいんだよ」みたいなのに通じるのかもしれない。うちの師匠がそれを説明するときに、よく「野ざらし」の「骨ぅ?」ってフレーズがいいんだよ、みたいな話をするじゃない。
――しますね。
志ら乃 そういう楽しみができるのも、『ドラえもん』のすごいところ。ほかのマンガの「面白い絵」っていうのは、ストーリーを際立たせるための絵であって、『ドラえもん』に代表される藤子・F・不二雄作品の絵の面白さっていうのは、それがどんなストーリーであっても、その1コマ自体が面白いんですよ。
――それって落語家の、いわゆるフラってのと近いんですかね?
志ら乃 そう……かもしれないけど、藤子・F・不二雄の場合は自分で描いているから、計算でそれをやっているわけでしょ? だから、すごすぎるんですよ。
――なるほど。『中年サラリーマン左江内氏』には「お化け長屋」を翻案した話があるから、そういうところから藤子・F・不二雄と落語の関係性を話してもらおうと思っていたんですけど、そういうことじゃないんですね。
志ら乃 これは落語家にもよるんだけど、人情噺を人情噺のトーンで演ってもつまらない場合がある。腕のある落語家なら、滑稽噺のトーンで人情噺を演ると面白い。藤子・F・不二雄は滑稽噺の絵なんだよ。でシリアス来るから怖ぇんだよ。
――あぁ、確かに。
志ら乃 絵で怖がらせよう、というのがなく、滑稽噺のトーンで話が進んでいって、それで『ミノタウロスの皿』とか『カンビュセスの籤』みたいなオチになるからカルチャーショックを受けるんだよね。
――絵が滑稽噺のトーン、って言い得て妙ですね。
志ら乃 滑稽噺のトーンですよ、この絵は。だから油断しちゃう。絵に油断しちゃう。
――やっぱり藤子・F・不二雄はギャグの人、滑稽噺なんですね。
志ら乃 そうですよ、『ドラえもん』は生活ギャグだって、藤子・F・不二雄本人も言ってましたしね。
(取材日2017年10月1日)
(取材日2017年10月1日)
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