サカオタの抱える病

サッカーが好きで何年も足しげくスタジアムに通っていると、よく知人から尋ねられることがある。それは、

「サッカーに興味はあるんだけど、チケットはどこで買えるの?」
とか
「一度は行ってみたいと思っているんだけど、スタジアムまでの行き方がわからない」
といったたぐいの質問である。

個人的には、サッカーの魅力はテレビでは3割程度しか伝わらないと思っているので、できるだけ多くの人にスタジアムで観戦してもらいたいところだが、このような人たちにスタジアムへのアクセス方法やチケットの購入方法を懇切丁寧に教えても、まず行かない。行ったという報告を聞いたことがない。こちら側としたら「せっかく教えたのに!」なんて思いもあるけれど、そもそも僕は大きな思い違いをしていたのである。
先の質問は、要するに「連れていってくださいよ」ということなのだ。
ニブちんで申し訳ない。

ただ、言い訳をすると、長年スタジアムに通い慣れている人ほど、そこでコミュニティを形成しているものなのだ。
スタジアム全体には一見さんをお断りするような排他的なムードはないけれど、スタジアムは観戦場所によって異なる文化圏が形成されている。大声を張り上げて飛び跳ねて歌い続ける「ゴール裏」、家族連れの多い「バックスタンド」、ゆっくりと観戦したい「ホームスタンド」と3つに大別でき、つまり熱心にスタジアムに通っている人ほど、「知人を誘う=サッカーを一緒に見る」ではなく、「知人を誘う=自分のコミュニティに招き入れる」感覚が強い。
年間チケットで指定席を購入している場合など、「一緒に見る」ための手続きも必要になる場合もあるので、「自分のペースで見に行った方が楽しめますよ」という意味合いで、アクセス方法やチケット購入方法をアナウンスしてしまうのだ。

では、観戦初心者をどうやって誘うべきなのか?
観戦初心者は、どうやってサカオタと一緒に観戦をすればいいのか?
じつはその答えは、『ぺろり!スタグル旅』にあったのだ。

サカオタの心性と、夢とリアルの狭間

作者の能田達規は、Jリーグファンのあいだでは愛媛FCのマスコットでも有名だが、これまで数多くのサッカーマンガを手掛けてきた。

「週刊少年チャンピオン」で連載された『GET!フジ丸』は、ブラジル帰りの主人公が、女子校から共学に移行したばかりの高校のサッカー部で活躍するという、王道のスポーツ部活もの。Jリーグバブルの熱が冷めやらぬ時代に、まだあまり日本では定着していなかったボランチという役割をフィーチャーした点もポイント。

引き続き「チャンピオン」で連載された『ORANGE』は、スペイン帰りの主人公が、日本のプロリーグの2部に所属するクラブ「南予オレンジ」に入団し、1部昇格をめざす。題材を高校サッカーからプロリーグに移しているが、やはり少年誌らしい王道のスポーツ・サクセスストーリーである。
Jリーグに2部(J2)が整備されたのは1999年シーズンから。2部を舞台にした本作(2001年から連載開始)は、当時のJリーグファンから諸手を挙げて歓迎された。当時の日本のサッカー事情としては、黄金世代がワールドユース(現在のU-20W杯)やオーストラリア五輪で活躍し、日韓W杯に向けて代表は盛り上がっている一方で、Jリーグはメディアから完全に無視されていた。
貧乏クラブが試行錯誤してステップアップしていく様は、野球を題材にした映画『がんばれ!ベアーズ』や『メジャーリーグ』でも前例はあるが、そうしたコメディ的なフォーマットはきちんと踏襲しつつも、「貧乏クラブの、地に足の着いた経営事情」と代表バブルに浮かれる世間との対照性がマッチし、すばらしく時代性のある作品となった。
プロクラブを題材にしたマンガとしては、いまでもトップランクの作品だと僕は思っている。

青年誌に場を移してからは、『オーレ!』『サッカーの憂鬱 裏方イレブン』『マネーフットボール』など、おもにクラブ経営をフォーカスした作品を発表してきた。
丁寧な取材に基づき、青年誌らしい「仕事としてのサッカー」を題材に作品を描いてきたが、取材を徹底すればするほど、作品内における夢とリアルのバランス取りが難しくなったように感じている。

とかく日本のサッカーファンというのは、深刻病というか、物事をシリアスにとらえがちだ。
たとえばシーズン開幕前に野球ファンを数人呼んでテレビ番組をやると、居酒屋トークのテンションで明るい話題になるだろう。しかし、サッカーファンを集めた場合は、やれ日本サッカーの未来だとか、やれ代表のあるべき姿とか、シリアスな話題になってしまう。
クラブの経営状況が毎年明示されること、ファンとクラブの近さ。それらが影響して、ファンに当事者意識が芽生えていることが原因なのだが、ハッキリ言って辛気臭い

能田達規の青年誌向けサッカーマンガは、サッカーファンが納得するリアリティ水準をクリアしているからこそサッカーファンにリーチできるのだが、一方でサッカーファン特有の病にも引っ張られていた。ファンの共感は得られるけれど、フィクションならではのケレン味が削がれ、夢とリアルの狭間でもがき苦しんでいるようにも見えた。

人(にん)に合った題材

そこへいくと、本作『ぺろり!スタグル旅』は、女性サポーターふたりがアウェイのスタジアムをめぐり、各地の特産品や特色を生かしたスタジアムグルメを味わうという、のんびりしたテイストだ。
作中ではJリーグをNリーグ、ジェフユナイテッド千葉・市原を千葉ユニティ、フクダ電子アリーナをフューチャー電器アリーナといった具合に変名を用いているが、基本的には実在のクラブ、実在のスタジアムグルメを紹介している。
濃度の高いサッカーファンならではの情報とリアリティを担保しつつ、能田達規作品特有の「陽性のキャラクター」が生きるという点で、「人(にん)に合った題材」というのが素直な感想だ。

毎試合、観戦に行くほどの熱心なサポーターだけど、ゴール裏で飛び跳ねながら、声を張り上げるだけがすべてではない。スタグルを楽しみに、友人・知人との小旅行を楽しむ。
生活をサッカーに捧げるのではなく、生活の一部にサッカーを溶け込ませる。
サッカーに対する愛情には、さまざまな形があっていいはずだ。

最寄駅からスタジアムへと続く道で、見上げた青空の解放感。
出店と人混みが醸し出すスタジアム周辺の祝祭感。
試合内容や順位表に一喜一憂するのも楽しいけれど、そもそも「スタジアムに行く」という行為自体が喜びに満ちたものであり、そうしたスタジアム体験の初期衝動を思い出させてくれる作品である。
知人をスタジアムに案内するとなったら、どうしても自分のひいきクラブのホームに連れていきたくなるところだが、近場(日帰り圏内)のアウェイに行くというのが、最善な選択なのではないだろうか。
アウェイであれば、しがらみのできたホームと違って、「今週はちょっと」と言いやすいしね。

さて、本作の主人公ふたりは、J2のジェフユナイテッド市原・千葉をモデルにしたN2の千葉ユニティのサポーターだ。現実と同様にN2リーグが22チームによって構成されているなら、22回で一巡してしまう。1巻に8話分が収録されいるが、その先はどうなるのだろう。
N1(J1)のクラブのスタジアムも訪れてほしいところだが、千葉ユニティN3降格で下のディビジョンに視野を広げていく……というセンは、作中の順位的にはないか。
個人的な希望としては、N1はもちろんのこと、いずれは海外のスタジアムにも足をのばしてほしいな、と思っている。

ちなみに個人的におすすめのスタグルは、鹿島の牛串と、湘南のしらす丼。
鳥取は、フード購入時にカニ汁を1杯サービスしていた。
あと、国立競技場のフライドポテトは、いつ食べても泣くほどまずかった