無限に増え続けるくりまんじゅうの恐怖

10月13日(金)の『ドラえもん』で「バイバイン」の回が放映され、これがネットで大きな反響を呼び、ツイッターのトレンドにもランクインしていた。
この回でフィーチャーされたひみつ道具「バイバイン」は、なんでも増やすことができる薬だ。薬をかけたものは、5分ごとに分裂して倍増するようになる。おやつに出されたくりまんじゅうをもっと食べたいのび太は、この薬でくりまんじゅうを増やすことにした。
このときドラえもんは「残さず食べるように」と念押しする。
だが、ドラえもんの言いつけを守らなかったがために、くりまんじゅうは無限に増殖を開始してしまった。くりまんじゅうは1時間で4096個に、2時間で16,777,216個に増え、わずか1日で地球を埋め尽くすことになるという。
やむなく、ドラえもんは大量のくりまんじゅうを風呂敷で包み、ロケットで宇宙に送るのであった。
宇宙に送られたくりまんじゅうがどうなったのかは、昔から『ドラえもん』ファンのあいだでは議論の的になっていたが、その「くりまんじゅう論争」が再燃したわけである。

原作の「バイバイン」は、てんとう虫コミックス17巻に収録。初出は「小学三年生」1978年2月号。

『永久パン』と「炎症」

「バイバイン」の元ネタは、アレクサンドル・ベリヤーエフ(ロシア)の小説『永久パン』(1929年)とされている(日本で翻訳版が刊行されたのは1963年11月らしいが、それ以前にも本邦に入っている可能性はある)。
ドイツのプロイエル博士は、全人類を飢えから解放するという理想のために、いくら食べても後から増えてくるパンを微生物から作り出すことに成功した。だが、増え続ける永久パンによって市場は混乱し、やがて世界中の村や町が永久パンに埋め尽くされてしまった。結局、プロイエル博士が永久パンを食い尽くすバクテリアを、さらに永久パンが空気中から摂取していた栄養を殺菌する研究を進め、永久パンの駆逐に成功する。

しかし、藤子・F・不二雄が直接的に影響を受けたのは、『永久パン』よりも、手塚治虫の『SFファンシーフリー』ではないかと僕は思っている。
『SFファンシーフリー』は「S-Fマガジン」(早川書房)で1963年から連載が開始された一話完結型のオムニバス形式の短編集で、そのなかに「炎症」(1963年5月号掲載)という作品がある。
あるとき、田舎の農場の台所に3つのコロッケが落ちてきた。発見した農夫がそのうちのひとつを食べたら、残りのふたつが分裂して増殖したという。州の食糧問題の好転に寄与したとのことで、農夫には産業大臣賞が授与された。
しかし、どれだけ食べてもコロッケは増える一方で、周辺の民家を押しつぶすに至り、とうとう軍隊が出動。だがコロッケはなおも増え続け、ある科学者は「あのコロッケは単細胞生物の一種だと思う」との見解を述べ、地球がコロッケに占領されようとしていると警告を発する。
政府は水爆を使用するが、それでもコロッケは増殖し続け、原子力兵器の工場を押しつぶし、海を埋め、地球を埋め尽くさんとしていた。「すでにただひとつの兵器も持たずなすすべもない」状態になり、武器をなくした各国政府が和平に及ぶと、コロッケは自然消滅する。
つまりコロッケは、核兵器という地球の表面にできた「炎症」を治すために投じられた薬であった、というオチである。
『SFファンシーフリー』は「S-Fマガジン」に掲載された作品なので、SFファン向けとしての色合いが濃い。SFリテラシーの高い“同輩”に向けてのパロディも多く、おそらく「炎症」も『永久パン』を下敷きにしているのだろう。

食べ物が増殖して地球を危機に陥れる物語展開以外にも、手塚治虫と藤子・F・不二雄の関係性や、「薬」というギミックの使い方、宇宙が絡む点などを鑑みるに、「バイバイン」の元ネタは「炎症」ではないかと考えるわけである(大元は、もちろん『永久パン』)。

この「食品が増え続けて人類が危機に瀕する」というお題に対し、手塚治虫と藤子・F・不二雄のそれぞれのアプローチの仕方を比較するのも、非常に面白い。
「コロッケ」による軍縮と恒久和平の実現というのは、たびたび戦争や冷戦下での対立構造を題材にしてきた手塚治虫らしいし、「ソース会社の株価が3倍になった」という小ネタも好きだ。
それにしても「くりまんじゅう」を持ってくる藤子・F・不二雄センスはすごい。四畳半と宇宙と未来世紀が同居する『ドラえもん』世界観ならではのチョイスだ。

個人的には、くりまんじゅうはロケット打ち上げ時に成層圏で燃え尽きたと思う。
とはいえ、劇場版『ドラえもん のび太の新魔界大冒険 〜7人の魔法使い〜』の冒頭で、満月博士の後ろのモニターに映る宇宙空間に、くりまんじゅうが浮遊しているような遊び心は割と好きです。