いま話題の「池の水ぜんぶ抜く」

テレビ東京の「日曜ビッグバラエティ」枠内で不定期に放映されているバラエティ番組『緊急SOS 池の水ぜんぶ抜く大作戦』が好評のようだ。
11月26日に放映された第5回の平均視聴率は12.8%で、すでに正月特番「緊急SOS!池の水ぜんぶ抜きましておめでとう2018」の放映も決定している。

かなり早い段階から、伊集院光が「深夜の馬鹿力」(TBSラジオ)でこの番組について触れていたので、放映されるたびにチェックしている。
番組内容の大まかな説明としては、池の水を抜き、外来魚を駆除し、在来種を保護する……という、タイトルどおり「池の水を抜く」だけ。いわゆる「かいぼり」をテレビ番組化したものだが、これがすこぶる面白い。

実は織田信長も、この「池の水ぜんぶ抜く」をやったことがある
まずは、その典拠について示していこう。

『信長公記』に見る信長の「池の水ぜんぶ抜く」

信長による「池の水ぜんぶ抜く」は『信長公記』に記されている。
『信長公記』は、信長の直臣だった太田牛一が、後年になって編纂した信長一代記だ。信長が足利義昭を奉じて上洛した永禄十一(1568)年の出来事が巻一に収められ、以降、本能寺の変が起きた天正十(1582)年まで、1年につき1巻で編集されている。
それ以前、すなわち信長生誕の天文三(1534)年から上洛前までの出来事は首巻にまとめられており、首巻と巻一~十五までをあわせ、『信長公記』は合計16巻から成る。

巻一以降は、他の資料からも裏付けが可能なことが記されているので、史料としての信ぴょう性は高い(いくつかの齟齬は含む)。ところが首巻には、事実かどうか定かではない話も収録されている。たとえば、丹羽長秀の目を襲った妖刀あざ丸の話であったり、信長が火に焼けた小斧を素手で握りしめた火起請であったり……と、英雄神話的な逸話とでもいうべきか。だから読み物としては、首巻は断トツで面白い。
こうした信長フォークロアの一編に、首巻「廿七 蛇がへの事」がある。

弘治元(1555)年、比良城の東に「あまが池」(名古屋市西区比良1丁目291に現存)と呼ばれる池があり、この池に大蛇が潜んでいるとの噂が出た。
近隣の安食村の福徳の郷の又左衛門という者が、太さ一抱えほどもありそうな生物を見たというのだ。顔は鹿のようで、目は光り輝き、人間の掌のような形をした舌は真っ赤。胴体は堤の上にあるのに首は池に達しようとしていたというから、かなりの大きさである。
この“大蛇”に興味を持ったのが信長であった。
信長は近隣の農民を集め、池の水を干し、大蛇を生け捕りにしようと試みたのである。
比良の郷、大野木村、高田五郷、安食村、味鏡村の農民たちは水替え桶、鋤、鍬を持って集まり、四方から二刻(約4時間)ほど水を掻い出し、およそ7割ほどの水を抜いたと記されているから、かなり大掛かりな作業となった。
しかし、大蛇は一向に姿を現さない。すると、
信長水中へ入り蛇を御覧あるべきの由候て、御脇差を御口にくわへられ、池へ御入り候て、暫が程候てあがり給ふ。
『信長公記』角川ソフィア文庫版
奥野高広・岩沢愿彦 校注
つまり信長は脇差を口にくわえて、みずから池に飛び込んで大蛇探しをしたというのだ。
結局、大蛇は見つからず、信長は清州へと帰っていった。
このとき比良城の佐々成政は、信長の実弟・信勝と通じており、信長が「蛇がへ」のついでに比良城に寄ることがあったら、そこで暗殺しようと企んでいた。しかし信長はさっさと帰ったので、事なきを得たとされている。

以上が『信長公記』における、「池の水ぜんぶ抜く」エピソードである。

科学的実証主義を打ち出すための「蛇がへ」

織田信長を題材にしたマンガは多いものの、「蛇がへ」を取り上げた作品となると数は少ない。この逸話を大々的にフィーチャーした作品として『MISTERジパング』を例に挙げたい。
作者の椎名高志は『GS美神 極楽大作戦!!』や『絶対可憐チルドレン』などのヒット作を出した、「週刊少年サンデー」の看板作家である。

本作の主人公は日吉。第1話では「のちの豊臣秀吉」と説明される。
物語序盤は『信長公記』の逸話に基づいて進行し、「うつけもの」信長の奇矯な振る舞いが現代風に読み替えられて描かれていく。
そのなかで「蛇がへ」についても語られ(2巻第11話「殿と野獣(その1)」、第12話「殿と野獣(その2)」)、この作品の信長は池で巨大な流木を見つける。そして、地中から出るガスが巨木を水上へと浮かび上がらせ、穴から空気が漏れて、怪物のようなうめき声を出すと、“大蛇”の正体を突き止めるのであった。幽霊の正体見たり枯れ尾花、とでもいうべきだろうか。
この音が出るしくみは子供にもわかりやすく、マンガの世界では古典的な表現方法だ。『ドラえもん のび太の大魔境』では、「オロローン」という死霊の声がこの原理で説明されている。

つまり『MISTERジパング』における信長は、大蛇の噂話に興味を示す好奇心旺盛な若者でありながら、迷信にまどわされることなく、科学的実証主義によって物事を判断する人物であることが、この「蛇がへ」のエピソードによって表現されているのだ。
「理性的で合理的(な側面もある)」な信長、というキャラクター性を読者に印象づけるには、この逸話はうってつけといえるだろう。

なお、『MISTERジパング』は、途中から史実を大きく逸脱していく。
天回衆と名乗る本作オリジナルの宗教集団が登場すると、一気にSF路線へと転じるのだ。
第二次大戦中からタイムスリップした元日本軍の科学者(天回)が、歴史を改ざんするために戦国時代で暗躍し、パラレルワールドとの絡みが物語の主題となる。
予知された未来に対し、主人公たちが「未来は変えることができる」と抵抗する物語構図は、のちのヒット作『絶対可憐チルドレン』にも受け継がれている。
『MISTERジパング』は椎名高志のビブリオグラフィ的には、かならずしもヒットした作品とは言いづらい。しかし、のちの『絶対可憐チルドレン』へとつながるマイルストーン的な作品として大きな意義を持つ、と見るべきだろう。