ホラーの浄化作用

情けない話をすると、東日本大震災のあと、僕はしばらく映画館に足を運べない時期があった。まだ余震の続く最中であったから、大型のシネコンはともかくとして、建物の地階にある小さなスクリーンやビル内のミニシアターみたいな狭い空間に身を置くことに抵抗を感じていた。

はやく日常の生活を取り戻そう。
と、大げさに言えば一念発起してテアトル新宿まで観に行ったのが『冷たい熱帯魚』だった。これは園子温監督をはじめ主要キャストすべてが舞台あいさつに登壇する贅沢な回だったので、あまり抵抗なく行けたのかもしれない。
その少しあとにK's cinema(新宿)まで観に行ったのが『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』だった。

『冷たい熱帯魚』と『レイキャヴィク・ホエール・ウォッチング・マサカー』は、どちらもホラー要素やゴア描写のある猟奇的な作品だ。これらを鑑賞したとき、作品を楽しむ気持ちとは別に、心にのしかかっていた重しというか枷が外れるような感覚を味わっていたことを記憶している。連日のように続いた余震や、震災後の悲観的なムードによって何かしらのストレスを無意識のうちに感じていたわけで、そのストレスが解消されていくのを実感していたのだ。
ホラーは、残酷な表現手段を用いるが、そのドキドキは見る者の心に解放をもたらす。
このとき僕は、あらためてホラーの持つ浄化作用を再認識した。

もちろんホラーは映画に限らずマンガの分野においても根強い人気を誇っている。
ホラー界隈のスーパースターとも呼ぶべき作家は数多く生まれており、そんな「怪奇マンガ界のスター」たちにスポットを当てたのが『怪奇まんが道』である。

怪奇マンガ版の『まんが道』

この『怪奇まんが道』は、怪奇マンガの人気作家たちにインタビューするシリーズものだ。
彼らはなぜホラーを描くようになったのか。
ホラーマンガの大御所たちに、その来歴をうかがっていくドキュメンタリータッチの作品で、まさにタイトルが示すとおり怪奇マンガ版の『まんが道』なのである。

2015年11月に刊行された第1巻では、古賀新一、日野日出志、伊藤潤二、犬木加奈子が取材対象となり、このほど刊行された『怪奇まんが道 奇想天外篇』では御茶漬海苔、諸星大二郎、外薗昌也、近藤ようこが題材となっている。

質問の軸となるのは「なぜマンガ家になったのか」というオーソドックスなものだが、専門誌は別として、一般誌の場合は1冊の中に何作品も掲載されるわけではないのがホラーというジャンルだ。
その「狭き門」に入るきっかけに焦点を絞っているところに、この『怪奇まんが道』ならではのオリジナリティがある。

原作の宮崎克は『100万$キッド』(宮崎まさる名義)や『人形草紙あやつり左近』(写楽麿名義)のようなオリジナル作品を少年誌で発表しているが、ノンフィクションの実録作品も得意とする。
その代表作は『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』だろう。
この作品は「このマンガがすごい! 2012」オトコ編で1位に選ばれたので、その際には作画の吉本浩二先生とのコンビでインタビューをさせてもらった。
そのときの印象を述べさせてもらうなら、ベテランらしい落ち着きと物腰の柔らかさをたたえながら、体の内側に100万語がたぎっているような、“作家らしい作家”であった。

作家インタビュアーならではの「関係性の捉え方」

マンガ家へのインタビューは、機会に恵まれて、これまで何度もやらせてもらってきた。
僕の場合は連載中(もしくは完結直後)の作品について話をうかがうケースが多いので、インタビューにはその作品の担当編集者が同席することが多い。
その際、話の流れの中で担当編集者にも話を振るように僕は心がけている。というのも、作品成立の過程において、編集者が果たす役割は極めて大きい(と僕は考えている)からだ。
とくに注目しているのが、両者の関係性である。

その関係性は、例示しようにも両者の立場やキャリアによって千差万別だ。
先輩と後輩、師匠と弟子、兄貴分と弟分、友人、あるいはビジネスパートナーなどなど……。
その両者の間でしか成立しない信頼関係が見て取れる。というよりも、どのような形であれ、作家と編集者のあいだにきちんとした関係が構築されていないと、作品はうまく回らないのではないだろうか。
だから「なぜその作品を描いたのか」「なぜそのような方向性にシフトしたのか」といった話を聞く場合は、編集者との関係性が強く影響していることが多い。
それでも活字メディアの場合は、読者のニーズは「作家」であって「編集者」ではない点も影響して、担当編集者を会話文に参加させる場合には「担当」もしくは「編集」と無個性の存在として表記することが多い(作家個人の特集であれば、歴代担当の座談会なども可能だが)。

『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』と『怪奇まんが道』に見る宮崎克のインタビュー術は、自身も作家であるせいか、マンガ家と編集者の関係性を強く意識しているのが特徴だ。
代表作やデビュー当時に携わった編集者をかならず各話に登場させ、キャラ立てし、その作家との関わり方を描いているのである。
これこそ、マンガ形式でインタビューをやることのストロングポイントだ。
『ブラック・ジャック創作秘話〜手塚治虫の仕事場から〜』における壁村耐三(「週刊少年チャンピオン」編集長)などは、その最たる例として挙げられるだろう。

この『怪奇まんが道』シリーズにおいては、われわれ読者の目を代表する存在として、たったひとりでホラーの深淵に立ち向かう怪奇マンガ家の凄みを、編集者がもっとも身近で観察してくれている。
『怪奇まんが道 奇想天外篇』収録の第2話「諸星大二郎の孤高」における、諸星大二郎と奥脇氏(「週刊少年ジャンプ」にて『暗黒神話』連載時の担当編集)との関係性は、一編の青春譚としても読むことができるはずだ。
また、第3話「外薗昌也の本音」に登場する栗原氏は『青春少年マガジン』(小林まこと)で「よくわからないがカッコいい言い方をする」と書かれていたが、本作でも同様に強い印象を残す。

『怪奇まんが道』は、「作家と編集者の関係性」に注目して読むと、その“千差万別”さを実に丁寧に描いていることがわかる。そのため本作は「日本の怪奇・ホラーマンガの歴史を記録する」という本来の目的を達成しているだけでなく、「マンガ家インタビュー本」としても極めて高い水準にあるといっても過言ではない。

最後に、あだちつよしの作画についても言及しておきたい。
ベテラン作家へのインタビュー作品ということで、本作はとにかく登場人物が多い。しかも、時間経過があるため、複数の人物を異なる年齢で描く必要が生じる。
その描き分けのタスクをきっちりとこなしつつ、作中では各作家の代表作の模写もしている。あだちつよしが作画家としてのポテンシャルの高さを存分に発揮しているからこそ、この作品が成り立っているのだ。



※宮崎克先生の名字は「宮﨑(右側が「竒」)表記が正式ですが、環境依存文字なので本文中は「宮崎」としました。