犬格闘マンガ成立の背景

戌年である。
その影響で、スポニチに高橋よしひろをフィーチャーした記事がアップされていた。
 戌(いぬ)年の2018年、異色の“犬漫画家”高橋よしひろ氏(64)が「こち亀」超えの誓いを立てた。犬が人間のように話し、戦う独自の世界を描き続けて40年。単行本通算133巻の「銀牙」シリーズを今も継続中で、最多記録の200巻を「俺が超える」と燃えている。
というわけで今回は、犬マンガについて触れていきたい。
上記の記事にある『銀牙 -流れ星 銀-』に端を発する一連のシリーズは、
 ・『銀牙 -流れ星 銀-』(全18巻)
 ・『銀牙伝説WEED』(全60巻)
 ・『銀牙伝説WEEDオリオン』(全30巻)
 ・『銀牙〜THE LAST WARS〜』(現在14巻、連載中)
を正編として、ほかにもいくつかの外伝やスピンオフがある。
『銀牙』は、乃木坂46の西野七瀬や、お笑いタレントのギャラクシー コータローが熱烈なファンとしても知られる大人気シリーズである。

“犬マンガの大家”高橋よしひろも、もともとは一般的な作品を描いていた。1973(昭和48)年、『おれのアルプス』で手塚賞の佳作に選ばれると、
本宮先生が、「もう、お前辞めろ」っていうことになって。(中略)先生が「お前は外でやれる人間だ」って。本心かどうか知らないですよ。なんか先生が月刊誌と話を決めてて「月刊で連載させてやる。やってみろ」って言ってきてね。先生が仕事取ってくれたんですよ。
かくして「月刊少年ジャンプ」での連載が決まるが、当初はヒット作に恵まれなかった。そこで高橋は好きなモノ(犬モノ)を描きたいと訴えて『白い戦士ヤマト』がスタートすることになる。
この『白い戦士ヤマト』が犬格闘マンガ確立の先鞭をつけた。
『白い戦士ヤマト』は闘犬を題材にしたマンガだ。闘犬シーンでは「回転地獄」「ジョークラッシュ」といった、「少年ジャンプ」的必殺技が盛り込まれ、犬格闘マンガの雛形が作られる。

また、この『白い戦士ヤマト』では、犬の顔に「人間の目」を描く手法を用いたのも大きな特徴だ。顔自体は犬なのに、目だけは人間同然に描くスタイルがこの作品で確立する。「目は口ほどにものを言う」という言葉があるように、「人間の目」によって犬キャラクターたちの感情を表現しやすくなり、その結果、読者が作品に感情移入できるようになったのである。
とはいえ、まだこの頃は「人は人、犬は犬」であり、あくまで「人と犬の物語」であった。

高橋作品が「犬格闘マンガ」へと劇的に進化するのは『銀牙』から。
そのイノベーションをもたらしたのは、犬の会話だ。
ついに犬が喋るようになったのである。
もちろん、犬同士の間でしか会話は成立せず、人間と犬が言葉を交わすことはできない(犬は人間の話す内容が理解できている)ものの、犬同士がコミュニケーションを取るシーンがわかりやすく提示できるため、犬同士のドラマ性が格段にアップした。
この「犬がしゃべる」要素は、当初は人気低迷からの脱却を図るための苦肉の策であった。
高橋 賭けでしたよ。情感が出ないんですよ、犬が何を思っているかとか。それでね、銀牙が途中から話すようになったでしょ。
船越 そうですね。ジャンプコミックスだと3巻ぐらいですか。
高橋 人気で、下にいたのが急に上のほうに昇ったんですよ。
船越 喋った途端に!
高橋 うん、喋っただけで。「よし、これで行ける!!」って(笑)。
※話者「船越」は役者の船越英一郎
「週刊少年『』」太田出版
〝喋る犬〟銀の活躍により、『銀牙』は、もともとの想定を離れ、犬格闘マンガとして確立していく。
船越 当初、大輔と銀が協力して赤カブトを倒す、という設定ではなかったかと推察されるんですが。
高橋 ああ、そうなんですよ。『銀牙』って付けたのは犬だけの話じゃなかったんですよ。犬で人気がなくなったら鹿でも兎でもライオンでもいいや、って。そういう意味の「牙」なんですよね。だから最初、熊を倒したら終わりだと思ってたから10回ぐらいだな、と思ってたの。で、キャラクターを変えてやろうという発想だったから。
船越 連作のように続いていく構想だったんですね。
高橋 「流れ星銀」っていう恥ずかしいサブタイトルだけど、あれはね、死んで終わるって設定だったんですよ。流れ星のようになって。
「週刊少年『』」太田出版

必殺技による「少年ジャンプ」的格闘マンガ路線、犬の表情の豊かさ、犬同士の会話。
これら3要素と『銀牙』の人気が、犬格闘マンガという新ジャンルを開拓したのである。
そして、このジャンルにおける極北が『―甲冑の戦士―雅武』だ。
本作では、ついに犬が人間と会話する

戦国時代に活躍した犬

『ー甲冑の戦士ー 雅武』は『銀牙』終了後に「少年ジャンプ」で連載された作品である。
舞台は戦国時代であり、主人公の雅武は忍犬。「犬格闘マンガによる時代劇」と、フィクショナル要素を多段重ねした構造になっている。
忍犬という設定自体は『銀牙』にも登場しており、主人公・銀たち奥羽軍団が打倒赤カブトのために仲間集めをしているときに伊賀で忍犬の首領・赤目と出会う。忍者で赤目……とくれば、ここには白土三平の影響があるのかもしれない。
赤目 (小学館文庫)
白土 三平
小学館
1998-09-01

この忍犬たちとの出会いを通じ、『銀牙』は必殺技バトルへと大きく舵を切っていくことになるのだが、本作『雅武』は最初から必殺技バトルのエクストリーム進化系として開始する。
雅武の所属する陽炎一族は、先祖伝来の「牙忍降ろし」を用い、馬の尻尾の毛よりも細い針の先に秘薬を塗布し、それで犬の脳を活性化させる。脳が活性化した忍者犬=牙忍は、人間の言葉をしゃべり、念動力(サイコキネシス)を用い、甲冑を身にまとって戦う。まさしく「犬格闘マンガ、ここに極まれり」である。
だから雅武は「天命によりうぬら阿修羅を裁く」と難しい台詞をしゃべったり、『聖闘士星矢』のような甲冑を身に着けたり、さらには馬にも騎乗したりする。
犬が馬に乗る、ちょっとした衝撃映像
あぶみがまったく意味を成していないところがポイントだ。

さて、「戦国時代に忍犬が活躍した物語」というと、なんだか荒唐無稽な気がするかもしれないが、日本では戦国時代に軍用犬が用いられた記録がある。とくに有名なのが、北条氏康と争った岩付城主・太田資正の逸話だろう。
永禄年間(1558〜1570)、資正は岩付城を居城とし、岩付城とその支城・松山城にそれぞれ50匹ずつの犬を飼っていた。資正は犬を連れて松山城に行くと、そこに岩付城から連れてきた50匹を残し置き、今度は松山城の50匹を岩付城へと連れて帰った。そうすることによって、犬たちに岩付城と松山城の往還路を覚えさせたわけだ。そして資正は、松山城の者たちに「何かあったら犬を放せ」と言い含めておいたのである。
ややあって、松山城が北条氏康に急襲される。あまりに急なことであったため、家臣たちが資正に援軍を要請する間もなく、松山城は包囲されてしまった。そこで松山城を預かる家臣たちは、資正の言葉を思い出す。援軍要請の文を竹筒に入れ、その竹筒を犬の首につけて犬を野に放つと、果たして犬たちは岩付城へとたどり着き、危機を察知した資正は援軍を差し向けて松山城を救ったのである。晩年、資正が三楽斎と号したことから、この逸話は「三楽犬の入れ替え」と呼ばれ、日本初の軍用犬の活用例とされている。

忍犬、桶狭間の戦いで活躍?

連載開始当初の『雅武』は、陽炎一族とその分派の牙魔一党の抗争を描いたオリジナルストーリーで展開していた。ところが、第八話「大いなる出会い」から舞台を尾張に移し、史実とリンクした物語となる。その急展開のタイミングから、いわゆる〝テコ入れ〟ではないかとも推察される。
雅武とその主人・蘭人は木下藤吉郎と面識を得ると、織田信長に謁見し、正式に織田家の家臣となる。蘭人と雅武は密偵として今川家の動向を探り、信長に情報をもたらし、そして織田家は桶狭間の戦いに勝利する。桶狭間の戦いは、実は牙忍の活躍によって勝利がもたらされた、という歴史マンガによくありがちな「手柄横取り」パターンだ。
忍者は闇に生きる存在なので、歴史上の大事件は本当は忍者によって引き起こされていた、とする物語展開で、『半蔵の門』(原作:小池一夫、作画:小島剛夕)の服部半蔵、『あずみ』(小山ゆう)のあずみなどがその代表例として挙げられる。

しかしながら、桶狭間における雅武の活躍は、情報収集に限られており、合戦には参加しない。史実における信長は、桶狭間の戦い後の論功行賞では、今川本陣の情報をもたらした梁田政綱を一番手柄としたとの説(司馬遼太郎の小説『国盗り物語』によって流布。史料的な裏付けは微妙)もあり、その逸話を知っていれば、雅武が大手柄を立てたと理解できる。桶狭間の戦いを前に、「敦盛」を舞った信長が甲冑を身に着け、犬に向かって「まこと勝てるか?」と問いかけ、雅武が「無論にござります」「殿にさえそのお覚悟があるなれば…」と応じるやりとりは、個人的には大好きだが、しかし少年マンガの展開としては地味だったのかもしれない。“テコ入れ”の効果も薄く、尾張編はわずか5話で終了。残り4話は甲斐へと舞台を移し、再び牙魔一党と戦うストーリーに戻る。
作者の高橋よしひろは、この作品について「すっごい構想を考えてた」(『週刊少年「」』太田出版)ようだが、残念ながら16話での打ち切りとなった。
ハッキリ言えば、読者に理解してもらう必要のある“約束ごと”(犬格闘マンガのジャンル的特性、歴史の知識など)が、少年マンガにしては多すぎたように思う。

『銀牙』終了は1987年。
続編『銀牙伝説WEED』開始は1999年。
『銀牙』から『WEED』までのあいだに、あまりフィクション要素を重ねすぎると読者がついてこれないという経験を『雅武』でしたからこその、『銀牙伝説WEED』の成功があると思う。
『雅武』はキワモノ扱いを受けることも少なくないが、「犬格闘マンガ」という極めてフィクショナル要素の強いジャンルにおいて、読者がどこまでのフィクションラインを許容できるかのキワを見極める試金石となった、のではないだろうか。