ハリルホジッチ解任

6月28日、日本のグループステージ最終戦の相手となるのがポーランド代表だ。
ポーランド代表は、FWのレヴァンドフスキ(バイエルン・ミュンヘン)が欧州予選得点王となる16ゴールを挙げる大活躍を見せ、欧州予選E組を1位で通過した。
FIFAランク7位の、H組最大の難敵である。

日本との過去の対戦では、1996年2月19日に香港で開催されたカールスバーグ杯が思い出される。この試合、日本代表は高木琢也(現・Vファーレン長崎監督)の2ゴールなど大量5得点を取り、5-0と大勝している。
その前年の暮れ、日本代表には大きな“事件”が起きていた。
日本サッカー協会は、1994年10月のアジア大会で韓国に敗れ、ファルカン監督を解任した。その後任として加茂周監督と契約したが、期間は1994年12月からの11カ月。95年の暮れは、日本のW杯初出場に向けての監督選定という、とてつもないビッグプロジェクトに立ち向かう時期であった。
ここで強化委員会は「加茂周はベストではない」と判断し、ネルシーニョ(当時・ヴェルディ川崎監督)を推していた。だが、最終的には長沼健会長の鶴の一声で、加茂周の契約延長が決定してしまう。
この「加茂継続」は誰にとっても寝耳に水のようで、ネルシーニョは長沼と川渕を名指しで「箱の中にはかならず腐ったミカンがあるものだ」と痛烈に批判した。

あれから22年。
W杯開催2か月前に、日本サッカー協会は突然、ハリルホジッチ監督の解任を発表した。
田嶋幸三会長のコメントを聞いても、その解任理由はよくわからない。
日本サッカーは、日本サッカー協会は、この22年のあいだにどれだけ進歩したのだろうか。

どうもポーランドは、日本の“お家騒動”の節目に縁があるようだ。

オシフィエンチムとブジェジンガ

ポーランドの首都はワルシャワだ。
しかし、世界的に有名な都市といえばオシフィエンチムだろう。
ナチス・ドイツに占領されているとき、この都市はドイツ語でアウシュヴィッツと呼ばれた。近隣のブジェジンガは同じくビルケナウと呼ばれ、アウシュヴィッツとビルケナウにはユダヤ人を強制収容する施設が作られた。
いわゆる「絶滅収容所」だ。

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所やホロコーストを題材にした作品は数多い。『アンネの日記』は世界中の言語で出版されているし、近年では映画作品にもよく題材として取り上げられるようになった。その代表例として『シンドラーのリスト』が挙げられる。


個人的には、『サウルの息子』に強い衝撃を受けた。

主人公サウルは収容所に強制収容されたユダヤ人で、ゾンダーコマンド(収容所内の囚人で組織された労務部隊)として同胞の殺害を命じられていた。そのサウルの視点を通じて、収容所内での出来事がまるでドキュメンタリーのようなタッチで描かれていく。これは本当に傑作だ。


マンガでは、アート・スピーゲルマンの『マウス』を挙げておきたい。

スピーゲルマンはポーランド系ユダヤ人であり、彼の父親は収容所に送られたものの奇跡的に生還した。その父のホロコースト体験を描いたのが本作だ。この作品は、1992年にマンガ作品で初めてピューリッツァー賞特別賞を受賞した。
なお、スピーゲルマンは、9.11(アメリカ同時多発テロ事件)を題材にした作品(『消えたタワーの影のなかで』)も描いている。

ホロコースト作品以外のポーランド映画では、“幻の大作”アンジェイ・ズラウスキ ーの『シルバーグローブ』が、この4月に急にHDニューマスターで初Blu-ray化されたのがトピックか。

ワルシャワのショパン

さて、ポーランドの誇りといえばショパンだ。
現在ポーランド最大の空港には「ワルシャワ・ショパン空港」と、この偉大な音楽家の名が冠せられている。そのことからも、ポーランドにとってショパンが特別な存在であることを、うかがい知ることができるだろう。

ワルシャワに生まれたショパンは、ワルシャワ音楽院を首席で卒業したのちウィーンへと発ち、やがて世界的な音楽家となる。そして音楽院時代の若きショパンが登場するが、手塚治虫『虹のプレリュード』だ。

本作は、ショパンのワルシャワ音楽院時代を題材としたフィクションであり、ショパン以外の登場人物は手塚オリジナルのキャラクターだ。
主人公ルイズは、世界的なピアニストになることが夢だった兄の遺志を継いで、急死した兄になりすましてワルシャワ中央音楽院に編入する。そこで優等生のフレデリック・フランソワ(ショパン)と、革命運動に身を投じるヨーゼフという、ふたりの青年に出会う。侵略してきたロシア兵と、愛国者による抵抗組織との戦い……という11月蜂起が物語のバックボーンにあるが、少女マンガ誌(「週刊少女コミック」小学館)で連載されていたため、「革命と芸術と恋に揺れる若き芸術家たちの肖像」といった趣の作品になっている。

なお、ショパンの命日(10月17日)の前後には、ワルシャワでは国際的な音楽コンクール開催される(5年ごとに開催)。それがショパン国際ピアノコンクールだ。ピアノ演奏部門のある国際コンクールとしては、世界でもっとも権威があるとされるコンクールで、課題曲はすべてショパンの作品のみ。
そして、この4月からアニメが放映中の『ピアノの森』では、このショパン国際ピアノコンクールが作品のクライマックスとして用意されている。

『ピアノの森』は、町はずれの“ピアノの森”で育った主人公カイが、ピアニストとしての才能を開花させていく成長譚だ。物語はカイの小学生時代から始まり、徐々にカイが成長していき、やがてショパンコンクールへと出場を果たすことになる。
このショパン・コンクール編では、「ショパンの生まれ変わり」と称されるポーランド人ピアニスト、カロル・アダムスキが登場。コンクールで審査される「ショパン的なるものとは何か?」という、きわめて根源的なテーマに言及される(16~17巻)。
そのショパン解釈をめぐるやり取りは、ひいては「現代において古典を演奏する意味」にまでつながる。柔らかなタッチ、作中での豊かな音楽表現によって作品へと引き込まれていくうちに、芸術の意義まで考察させられるほど、読者はリードされていく。この16~17巻のあたりは、この作品を知るうえでのキーパーツがちりばめられているといえるだろう。


そして最後に蛇足的に付け加えるならば。
ハリルホジッチ監督解任を発表した席上で、田嶋会長が口にした「日本らしいサッカーのスタイル」に、あらためて思いを馳せたい。
僕たちの日本代表には、ワルシャワにとってのショパンのような、指針となるモデルケースはあるだろうか? 2018年における日本代表のチャレンジは「理想の具現化」となるか、はたまた「空虚な“自分探し”」に終始するか。
僕は後者となることを危惧している。